乾いた大地に眠る廃車 38選(前編) 日産スタンザに1955年式ビュイックも発見 ジャンクヤード探訪記
公開 : 2026.08.28 11:05
ボルボ142 – 1970年
ボルボ142は、どのクルマよりも耐久性の高いクルマを作るという同社の評判を確固たるものにした140シリーズの一員だ。1960年代後半に発売され、ほとんどのライバルに先んじて全輪ディスクブレーキ、堅牢なセーフティセル、そして本格的な衝突安全設計を導入した。
そうした理由から、米国では熱心なファン層を築いた。しかし、この個体の物語は唐突に幕を閉じたようだ。変形したボンネットからフロント部分の衝突事故がうかがえ、それが原因でここに運ばれることになったのだ。

ポンティアック・ル・マン – 1988年
1988年、GMは米国で小型輸入車の販売を試み、ポンティアック・ル・マンを投入した。オペル・カデットをベースに、韓国の大宇(デーウ)が製造した。カデットは欧州で好調な売れ行きを見せたが、米国市場ではル・マンは受け入れられず、短期間で販売終了した。現在ではほとんど姿を消しているが、それはおそらく、設計の良し悪しよりも市場での評価の低さを物語っているのだろう。

日産スタンザ – 1988年
日産は1980年代、米国での現地生産を推進する一環として、テネシー州スマーナでスタンザの製造を開始した。実用的で作りも良く、派手さのないクルマであり、実用目的で購入され、黙々とその役割をこなしてきた。この1988年式の個体に錆が見られないのは、日産の設計によるものというより、コロラド州ラマーの乾燥した気候によるものだろう。
(翻訳者注釈:この記事は「中編」へ続きます。)






































