ダットサン初代ZからマツダRX-7まで 乾いた大地に眠る廃車 38選(後編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2026.08.28 11:45

プリムス・フューリー – 1978年

この傷だらけの1978年式プリムス・フューリーは、まさにウォラー・オートパーツを米国がクラシックカー愛好家の間で有名になったような理由の1つと言える部品取り車だ。ドン・ウォラーさんのヤードには約5000台の車両が保管されており、そのうち約1000台は1971年から1980年の間に製造されたものだ。フューリーはクライスラーのフルサイズ車ラインナップにおいて、スポーティさや華やかさを優先するよりもよりも、信頼性を重視した日常の足として位置づけられていた。

プリムス・フューリー - 1978年
プリムス・フューリー – 1978年

シボレー・モンツァ

シボレー・モンツァ2+2は、もともとGMが断念したロータリーエンジン計画を基に開発されたものだ。シボレーはマツダに対抗するため、ロータリーエンジンを搭載したスポーティなハッチバックを発売する計画だったが、1970年代の石油危機と輩出ガス規制への懸念により、発売直前でプロジェクトは頓挫した。ロータリーの代わりに、モンツァは従来のピストンエンジンを搭載して発売された。

シボレー・モンツァ
シボレー・モンツァ

マツダRX-7

一方、マツダはロータリーエンジンを諦めなかった。1978年に登場した初代RX-7は、世界で最も売れたロータリーエンジン搭載スポーツカーとなり、初代SA/FB型だけで47万台以上、3世代を通じて80万台以上が生産された。

軽量で手頃な価格、そして運転する楽しさを兼ね備えたRX-7は、苦戦していたマツダを本格的なグローバルメーカーへと成長させる一助となった。

マツダRX-7
マツダRX-7

原文:ウィル・シャイアーズ(Will Shiers)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

乾いた大地に眠る廃車 38選の前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事

 

Google検索で『AUTOCAR JAPAN』の記事を見つけやすくする方法

人気記事