鬱蒼とした雑木林に眠る希少なクラシックカー 20選 ジャンクヤード探訪記

公開 : 2025.06.22 18:25

プリムス(1949年)

この個体が出荷された1949年、プリムスはフォードシボレーに次ぐ、米国で3番目の販売台数を誇る自動車メーカーだった。実際、1932年から1954年まで3位の座を維持していたが、その後、ビュイックに追われて1つ順位を落とした。

奇跡的にオリジナルのホイールトリムが残っていたこの個体は、コリンズ・オート・サルベージで見つけた最も古い車両だ。しかし、雑木林の中には、もっと古いクルマがいくつかあったのかもしれない。

プリムス(1949年)
プリムス(1949年)

メルクール・スコーピオ

米国の自動車史における失敗作といえば、真っ先にエドセルが思い浮かぶ。しかし、メルクールも1985年から1989年までの5年間で、わずか6万4474台しか販売できなかったことを忘れてはならない。

2車種しかないラインナップの中で特に売れなかったのは、ドイツ製のフォード・グラナダをリバッジしたスコーピオだった。クルマとしてはまともだったにもかかわらず、リンカーンまたはマーキュリーのショールームで、2万6000ドルという高額を支払ってまでこのクルマを買おうという人は、わずか2万2010人しかいなかった。

メルクール・スコーピオ
メルクール・スコーピオ

カプリ

スコーピオとは対照的に、こちらはよく売れた輸入車だ。英国で設計され、ドイツで生産されたカプリとカプリIIは、1970年から1978年にかけてリンカーンおよびマーキュリーの販売店で販売された。この個体が出荷された1970年代初頭、カプリはフォルクスワーゲンビートルに次ぐ人気を誇る輸入車であった。総販売台数は51万3500台に達する。

カプリ
カプリ

ポンティアック・ル・マン(1979年)

朽ち果てた内装を除いて、この1979型ポンティアック・ル・マン・クーペにはまだ良い部品が多く残っていた。しかし、レストアに興味を持つ人はそれほど多くないだろうから、おそらくスクラップになっていると推測される。その年生産された6万8670台のル・マンのうち、クーペは4分の1未満だった。

ポンティアック・ル・マン(1979年)
ポンティアック・ル・マン(1979年)

フォード・マーベリック

同じ時代の、同じく人気のないクルマ、フォード・マーベリックの4ドア・セダンだ。マーベリックは、シボレー・ノヴァやダッジ・ダートとシェアを争うだけでなく、当時台頭していた日本の小型車に対抗するために設計された。

世界的大ヒットとは言えないが、販売は好調で、1969年から1977年までに210万台が生産された。マーベリックという車名は現在、人気のコンパクトピックアップトラックに使用されている。

フォード・マーベリック
フォード・マーベリック

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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