シトロエンを120台所有する男 マニア必見のコレクション(前編) 巨大な個人博物館

公開 : 2025.07.26 18:25

ID 19(1963年)

ID 19は、DS 19よりも安価でベーシックなモデルだった。この1963年製の個体は珍しいブルーの「ブルー・ド・プロヴァンス」という塗装で仕上げられており、新車以来2万7000kmを走行している。フラデ氏は2人目のオーナーから購入し、ベルギーの道路脇でハイドローリック・サスペンションの高圧ポンプを取り外して固着したバルブを緩めた後、当時住んでいたノルウェーまで運転して持ち帰ったという。

ID 19(1963年)
ID 19(1963年)

DS 21カブリオレ(1966年)

多くのコーチビルダーがDSをコンバーチブルに改造した。DSは、改造の基盤として魅力的なクルマだった。この1966年製の個体は、1365台作られたうちの1台。シトロエンが提供した設計図に基づいて、フランスのコーチビルダー、アンリ・シャプロンによって生産されたものだ。フロントのパネルとすべての機械部品を標準の4ドアモデルと共有する、メーカー公認の改造車だ。

パリで新車販売された後、1970年にカンヌに移され、最終的に約14万7000kmを走行した。約30年前に部分的にレストアされているため、シトロミュージアムで数少ない100%オリジナルではないクルマの1つである。

DS 21カブリオレ(1966年)
DS 21カブリオレ(1966年)

Dスーパー(1970年)

Dスーパーは、1969年にDSの小型・低価格モデルとして登場した、IDの後継車である。この個体は、あるラジオオペレーター(アマチュア無線愛好家)が新車で購入し、送信機を装着して、ダッシュボードに110Vの電源ソケットを増設した。しかし、高齢で運転できなくなったため、走行距離5万kmで手放したのだという。

Dスーパー(1970年)
Dスーパー(1970年)

2CVの系譜

今日、ヴィンテージカーのショーで新車同様の2CVを見つけることは、パリ中心部でバゲットを見つけるよりも簡単だ。しかし、これまで常にそうだったわけではない。何十年もの間、シトロエンの “醜いアヒルの子” は耐えがたいほど遅く、あまりにも構造がベーシックすぎるとして、ほとんど価値がつかなかった。

2CVとその数多くの派生車種は大量生産されたが、同じように大量に廃棄されたため、シトロミュージアムに展示されているこのクルマたちが生き残れたのは幸運なことだ。今ではコレクターがその物語を語り継いでいる。

ここからは2CVと、そこから派生したモデルを見ていこう。
ここからは2CVと、そこから派生したモデルを見ていこう。

2CV A(1954年)

この1954年製2CV Aの最初のオーナーは、高齢の家族を日曜日のドライブに連れて行くためだけに購入したという。その家族が亡くなった後、1958年から駐車されたままになった。オーナーは後に、運転に興味がなく、通勤には自転車を好んだと説明している。1991年、熱心な愛好家がパリ郊外のガレージでこの個体を発見し、売ってもらえるようオーナーに頼み込んだ。説得には4年を要し、ついに1995年、オーナーが売却を決意した。

走行距離は7300kmと、新車同様だ。オリジナルの375ccのフラットツインエンジン(最高出力9.5ps)を搭載し、ドアパネルには工場出荷時に貼られた茶色の保護シートがそのまま残っている。

2CV A(1954年)
2CV A(1954年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    ロナン・グロン

    Ronan Glon

  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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