北米の大地に眠るスクラップ寸前のクラシックカー 20選 戦前の希少モデルも ジャンクヤード探訪記

公開 : 2025.08.09 18:25

スチュードベーカー・プレジデント(1958年)

これは、1958年のスチュードベーカー・プレジデントという珍しいクルマだ。プレジデントは、1926年から1942年まで同社のフラッグシップモデルだった。その後、1955年に再登場し、1958年まで生産された。当時、スチュードベーカーはコンパクトカーのラークに注力していた。印象的なフィンと豊富なクロームメッキにもかかわらず、最終年には5000台も売れないまま生産が終了した。

スチュードベーカー・プレジデント(1958年)
スチュードベーカー・プレジデント(1958年)

プリムス・ベルベディア(1956年)

ピンク色があまり似合わないこの1956年製のプリムス・ベルベディアは、1980年代半ばから一度も走行していない。

この個体は、1954年から1961年までプリムスとダッジで使用されていた2速の 『パワーフライト(PowerFlite)』トランスミッションを搭載している。当初はステアリングコラムのレバーで操作するタイプだったが、1955年にダッシュボードに移設された。さらに1年後、今度はプッシュボタン式に変更された。

プリムス・ベルベディア(1956年)
プリムス・ベルベディア(1956年)

メルクールXR4Ti

1985年から1989年にかけて、ドイツ製のフォード車がメルクールという短命なブランドから米国で販売されていた。ラインナップは、フォード・シエラXR4iを若干改良したXR4Tiと、フォード・グラナダMk3をベースにしたスコーピオの2車種のみだった。30年前のエドセルブランド同様、メルクールは失敗に終わり、XR4Tiは2万6000台、スコーピオは2万2000台しか売れなかった。

メルクールXR4Ti
メルクールXR4Ti

ジャガーXJシリーズ2

リアのナンバープレートのランプから判断すると、このジャガーXJ6はシリーズ2だろう。1972年から1977年に生産されたシリーズ2は、フロントエンドのデザインが変更され、高いバンパーと小さなグリルを特徴としていた。これは、最大の輸出市場であった米国における衝突安全基準に準拠するために導入されたものだ。シリーズ2の総販売台数は9万1227台を少し上回る程度。この写真で目立つのは、ユニークな特徴の1つであるツイン燃料タンクだ。

ジャガーXJシリーズ2
ジャガーXJシリーズ2

ナッシュ(1953年)

この1953年製ナッシュでは、凹んでいないパネルはトランクリッドと助手席側の後部ドアの2か所だけだ。

残念ながら、この場所をさらに深く探検する時間はなかった。一日中散策したくなるような場所だったので、本当に残念だ。背景にはいったい、どんな宝物が隠れているのだろうか?

ナッシュ(1953年)
ナッシュ(1953年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

関連テーマ

おすすめ記事

 

人気記事