知る人ぞ知るルノーの名車・珍車 22選 博物館コレクションから

公開 : 2025.09.06 18:25

1935年 ヴィヴァ・グラン・スポール

最高出力約100psの4.1L直列6気筒エンジンを搭載したヴィヴァ・グラン・スポールは、当時、外観的にも価格的にも大きなインパクトがあった。この写真の個体はタイプACX1というバージョンで、航空技師のマルセル・リファールが設計した3人乗りコンバーチブル(トランクに追加のシートがある)だ。保守的なデザインのヴィヴァステラをベースに、6人乗りのセダンとコンバーチブルが開発された。

1935年 ヴィヴァ・グラン・スポール
1935年 ヴィヴァ・グラン・スポール

1949年 4CV

第二次世界大戦後、フランスは国内経済再建のため、手頃で信頼性の高い自動車を必要としていた。ルノーはこれに応えて、終戦からわずか2年足らずで新型4CVを発売した。戦時中はドイツ占領下で乗用車開発が禁止されていたのだが、ルノーは秘密裏にプロジェクトを進めていたのだ。

開発は順調とは言えなかったが、下地はできたため、迅速に発売へこぎつけることができた。4CVの設計はフォルクスワーゲンビートルから一部影響を受けており、手頃な価格設定からフランスのベストセラー車となった。

1949年 4CV
1949年 4CV

1952年 4CVバルケット1064 – ヴェルネ・ペラール

熱心なルノーファンでも名前を思い出すのに苦労するかもしれないが、とても美しいクルマではないだろうか。フランスで初めて販売台数100万台を達成した4CVを、ジュスト・ヴェルネとジャン・ペラールの両名がル・マン24時間レース用のレーシングカー『1064』に改造した。搭載するエンジンは904ccと小型だが、流線型のボディを活かして8つもの記録を樹立した。記録の1つは平均速度166km/hで2000kmを走行したというものだ。

1952年 4CVバルケット1064 - ヴェルネ・ペラール
1952年 4CVバルケット1064 – ヴェルネ・ペラール

1957年 フレガート・リムジン

標準のフレガート(Fregate)は、戦後の経済成長期に増加しつつあった中流階級向けとして、1951年に発売された。当初は4CVと同様のリアエンジン・後輪駆動(RR)レイアウトが計画されていたが、最終的に前輪駆動に変更された。

それでも、戦前の設計であるシトロエンのトラクシオン・アヴァンに比べて先進性に劣った。シャルル・ド・ゴール大統領の移動用にリムジンバージョンが開発されたが、ド・ゴールはシトロエンを好んだため、ルノーの採用は見送られた。

1957年 フレガート・リムジン
1957年 フレガート・リムジン

1958年 フレガート・スポール

セダン(およびリムジン)に加え、フレガートにはスポーティなコンバーチブル仕様もあった。ただし、これはコーチビルド車で、ルトゥルノーとマルシャンにより製造されたものだ。ボディだけでなくインテリアも刷新され、多くのクロームパーツが追加された。高価でありながら、2.1L 4気筒エンジンの最高出力は76psと非力であったため、わずか3台しか製造されなかった。

1958年 フレガート・スポール
1958年 フレガート・スポール

記事に関わった人々

  • 執筆

    アレックス・ウォルステンホルム

    Alex Wolstenholm

    役職:編集アシスタント
    AUTOCARの編集アシスタントとして、中古車やクラシックカーなどの特集記事、SEO対策にも携わる。熱狂的なクルマ好きで、特に不明瞭な点や風変わりな部分については、仕様書に詳しく目を通す。現在は2007年式のアルピナD3ツーリングに乗っているが、母親のフォード・フィエスタを運転している姿もよく目撃される(母親は迷惑している)。これまで運転した中で最高のクルマは、なんだかんだで今のアルピナ。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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