最もバッジエンジニアリングされたクルマ 36選(前編) 中身は同じなのに名前が違う?

公開 : 2025.11.01 11:25

ミニ(1961年) – 3車種

英国のBMCは常にバッジエンジニアリングに熱を上げて行きたわけではない。時には控えめな姿勢も見せた。高級車ライリー・エルフはその好例で、ライリーとウーズレーのブランドのみで販売された(それぞれエルフとホーネットとして)。

ミニ(1961年) - 3車種
ミニ(1961年) – 3車種

フォルクスワーゲンUp(2011年)- 3車種

フォルクスワーゲン・グループは既存製品の改良と修正にかけては王者と言えるほどの実力を持っている。初代MQBプラットフォームからは15ものモデルを生み出した。しかし、時には同一車種に異なるバッジを付けるだけで、ほとんど差別化されないケースもある。北米を除くグローバル市場で販売されたフォルクスワーゲンUp(写真右)、セアト・ミー(中央)とスコダシティゴ(左)がその好例だ。

フォルクスワーゲンUp(2011年)- 3車種
フォルクスワーゲンUp(2011年)- 3車種

三菱3000GT(1991年) – 2車種

日本では三菱GTO(写真)として販売されていたが、世界のほとんどの市場で3000GTとして知られている。米国でも販売されたが、ダッジ・ステルスとしても購入できた。

三菱3000GT(1991年) - 2車種
三菱3000GT(1991年) – 2車種

オペルGT(2007年)- 3車種

過去20年で最も洗練されたスポーツカーの1つであるオペルGTは、幅広い層にアピールできる素質があった。欧州ではオペルのエンブレムを付けて販売され、米国ではサターン・スカイ(写真)またはポンティアック・ソルスティスとして販売された。

オペルGT(2007年)- 3車種
オペルGT(2007年)- 3車種

フォード・エスケープ(2001年)- 3車種

2001年に登場した初代フォード・エスケープは、マツダとの共同開発だ。そのため、マツダからはトリビュートという名で販売され、マーキュリーからもマリナーが登場した。フォードもバッジエンジニアリングに手を染めずにはいられなかったのだ。

フォード・エスケープ(2001年)- 3車種
フォード・エスケープ(2001年)- 3車種

オペル/ヴォグゾール・ザフィーラ(2001年) – 3車種

人や地域によって、スバルのイメージは異なる。ラリーカーのWRX STiを愛する人もいれば、フォレスターレガシィのようなタフで実用的なクルマをスバルの代名詞と考える人も多い。

しかし、スバルが非常に退屈な7人乗りミニバンを生産するメーカーだと思う人はいないだろう。ところが、かつてオペル/ヴォグゾール・ザフィーラに自社バッジを貼り付けたトラヴィック(写真)が存在したのだ。

オペル/ヴォグゾール・ザフィーラ(2001年) - 3車種
オペル/ヴォグゾール・ザフィーラ(2001年) – 3車種

大宇・ラノス(1997年) – 4車種

ジョルジェット・ジウジアーロ氏がデザインし、1997年に登場した大宇・ラノス(写真)は、なかなか洗練された小型ハッチバックである。多くの企業がライセンス生産に名乗りを上げたのも当然と言えるだろう。ポーランドのFSOやロシアのZAZなどがその例だ。

(翻訳者注:この記事は「後編」へと続きます。)

大宇・ラノス(1997年) - 4車種
大宇・ラノス(1997年) – 4車種

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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