1950年代の小さな元祖ステーションワゴンたち(1) 軽自動車より短い『フォード・エスコート』 可愛さ抜群『ヒルマン・ハスキー』

公開 : 2026.03.22 17:45

実用性に長けた小さなステーションワゴン 軽より短く36psのエスコート 可愛さ抜群のハスキー 専用設計5ドアの10 コンパニオン UK編集部が1950年代に生まれた先駆け的な3台をご紹介

実用性に長けたコンパクトカーへ低予算に

1950年代の英国では、実用性に長けたコンパクトカーへ低予算で乗る方法が2つあった。1つは、コスト重視の小さな商用バンを購入し、リアシートを自ら追加すること。真っ当な手段は、普及し始めたステーションワゴンを選ぶことだった。

当時のメーカーは既に、商用バンと乗用ワゴンを明確に区別していた。前者のパンフレットでは、頼もしい青年が前席へ座り、後者では俳優風の男女が並んで座っていた。

フォード・エスコート100E(1955~1961年/英国仕様)
フォード・エスコート100E(1955~1961年/英国仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

定番チョイスといえば、クラシカルなオースチンA30 カントリーマンとモーリス・マイナー・トラベラー。だが、フォード・エスコート 100Eという魅力的な候補もあった。

ただし、ラリーで活躍した、読者が想像するであろう1968年発売のモデルとは異なる。サルーンのアングリア 100Eのルーフを伸ばしたモデルへ、フォードはエスコートと名付けていたのだ。登場は1955年と、遥かに早かった。

軽自動車より短く僅かに広いエスコート

エスコート 100Eは、基本的には1954年式の商用バン、テムズ 300Eへリアウインドウと上下2分割のテールゲート、リアシートを追加したもの。新車価格は622ポンドで、灰皿は標準装備。コメディアンを登用した宣伝映像を制作し、パパやママに訴求した。

1956年には、新デザインのメーターパネルを獲得。ハンドバッグや雑用品などを隠せる、トノカバーも得ている。アングリアと並行して、1957年にはメッシュグリルでイメチェン。1961年にアングリア 105E エスコートへ交代するまで、生産は続いた。

フォード・エスコート100E(1955~1961年/英国仕様)
フォード・エスコート100E(1955~1961年/英国仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

1959年には、英国の自動車協会(AA)が高速道路のパトロール車両としてエスコート 100Eを登用。まだ竣工されたばかりのM1号線で、威厳を放った。

2026年に見ると、小ささへ驚かずにいられない。全長は3312mm、全幅は1543mmで、軽自動車より約90mm短く、約60mm広いだけ。シンプルな内装にも目が奪われる。エントリーグレードのエスコートは、そもそも快適性自慢のクルマではなかった。

荷物満載でもパワーには余裕がある36ps

アングリアとともに、エスコート 100Eも英国フォード初のモノコックボディ。バキューム圧で動くワイパーは、1本ではなく2本で上級モデルへ勝り、オースチンやモーリスが物理的なセマフォーだったのに対し、点滅して光るウインカーも装備する。

上下へ分割して開くテールゲートは、パンフレットの主張通り、重い荷物も積みやすい。全高は1520mmと高く、帽子を被ったままでも、充分な空間が頭上に残った。リアシートを倒せば、約1170Lという広い荷室も得られた。

フォード・エスコート100E(1955~1961年/英国仕様)
フォード・エスコート100E(1955~1961年/英国仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

今回の車両のオーナーは、ポール・レデル氏。1988年に購入し、一緒の日々を満喫してきたという。「エンジンは、フォード・アングリアと同じ36ps。燃費は14.2km/Lに届き、荷物を満載してもパワーには余裕があるんですよ」。と話す。

快適性を高めるべく、彼は3速MTに当時のオプションだったオーバードライブを追加している。サンバイザーが1950年代らしい。60km/hで走り続けることも難しくないが、バキューム・ワイパーは吸気系から圧力を得ており、加速時は動きが遅くなるとか。

記事に関わった人々

  • 執筆

    アンドリュー・ロバーツ

    Andrew Roberts

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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