スバル矢島工場はどんなボールも打ち返す! トヨタもEVもガソリン車も混流する生産現場を、フォレスター・オーナーの黒木美珠が取材

公開 : 2026.06.25 11:45

スバルが開催した『生産における柔軟性の追求』に関する説明および矢島工場の見学会に、フォレスターのオーナーでもある黒木美珠が参加。1本のラインでトヨタ、BEV、ICE、左右ステアリングまで混流生産する様子を紹介します。

柔軟性こそが、これからの競争力

6月10、11日、スバルは『生産における柔軟性の追求』に関する取り組み説明会および矢島工場の見学会を開催。先行きを見通すのが難しい時代において、競争力の源泉は『柔軟性』にあるという考えが示されました。

BEV、HEV、ICEのどのパワーユニットが、いつ、どれだけ売れるかが不確実な中、特定技術への『決め打ち』投資こそが最大のリスクになる。だからこそ、需要の変化に応じて生産する車種や仕向地を切り替えられる体制を作る。その象徴的な現場として案内されたのが、群馬県太田市にあるスバルの矢島工場でした。

群馬県太田市にあるスバル矢島工場を取材中の筆者。
群馬県太田市にあるスバル矢島工場を取材中の筆者。    平井大介

このラインは2025年8月から半年間、一部の既存ラインをシャットダウンして設備改修を行い、今年2月から稼働を始めたばかりです。スバル・トレイルシーカーとトヨタbZ4Xツーリング(両社の共同開発車)を、左右ステアリングともに生産しています。

さらにこの夏には、同じラインにICE車であるフォレスターも加わる予定です。

1本のラインに、異なるブランドのクルマ、BEVとICE、左右のステアリングが混在する。これを『変種変量短生産=混流ライン×ブリッジ生産』と呼ぶそうです。

その時々で、需要の高い車種や仕向地に応じて生産車種を変更しても、ライン自体は変えずに済むのです。

なぜ矢島だったのか? トヨタとの連携の深さ

これを聞いてひとつ思い出しました。以前、愛知県豊田市にあるトヨタの元町工場を取材した際、トヨタbZ4Xとスバル・ソルテラという違うメーカーのBEV2車種が同じラインを流れている光景を目にしたことです。

これらを生産しているなら、トレイルシーカーもその生産ラインで作れるのでは? と思いましたが、事情は違いました。ソルテラとbZ4Xの派生モデルである2車種は、スバル側から企画提案したもの。さらに自社でバッテリー車を生産することに挑戦したいという思いがあり、矢島工場での生産が両社にとって合理的と判断されました。

現在、トレイルシーカーとbZX4ツーリングが生産中ですが、今夏からフォレスターのICE車も加わる予定です。
現在、トレイルシーカーとbZX4ツーリングが生産中ですが、今夏からフォレスターのICE車も加わる予定です。    平井大介

設備改修中にあたっては、アライアンスを組むトヨタ側へ出向し、生産方法やトラブル発生時の対応などの研修を受けたそうです。

両社の協業は2007年、米国SIA(インディアナ)でのトヨタ・カムリ受託生産に始まり、共同開発のトヨタ86/スバルBRZへと続いていきました。今回も互いに意見を交わし、稼働後も連絡を取り合い、トラブルが起きれば翌日にはトヨタの担当者が矢島工場へ駆けつけるそうです。この連携の密度には驚かされました。

一方で、初めて自社生産するにあたっては、車両を組み立てる上での基準となる製造基準の違いや、長年積み上げてきた手順そのものを見直すところから始まり、それは思っていた以上に骨の折れる作業だったようです。それでも互いの違いに歩み寄るような形で変更し、混流生産を実現させました。

記事に関わった人々

  • 執筆

    黒木美珠

    Miju Kuroki

    1996年生まれ、静岡県出身。自動車系YouTuberとしての活動を経て、自動車ジャーナリスト(の卵)へと転身。自身の車中泊による日本一周の経験をきっかけに、クルマを通じたライフスタイルの可能性に魅了されるようになる。現在は、輸入車デビューを目指す連載をはじめ、車中泊視点での車両レビューや、YouTubeチャンネル『AUTO SOUL JAPAN』の運営など、多角的に活動中。クルマを単なる移動手段や機械としてではなく、その背景にある開発者の想いや、クルマを取り巻く文化、そして『移動すること』そのものの価値を伝えることをモットーとしている。
  • 撮影 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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