なぜ衰退したのか? リアエンジン車の黄金時代(後編) BMWを救った700からポルシェ911、フィアット126まで

公開 : 2026.09.21 12:10

シムカ1000(1961年)

シムカは、当時考え得るほぼすべてのレイアウトを試している。1961年に発売した1000では、リアエンジン・後輪駆動にも挑戦した。この4ドア車は、シムカの株式の一部を保有していたフィアットの助言を受けて設計され、1000ccエンジンを搭載した600よりも大型でパワフルなモデルへの需要を見越したものだった。

1000の開発を担当したチームは、多くの人々の手に届く価格帯の、気取らないファミリーカーを目指していたが、その結果、意図せずして人気の高い(そして成功した)レーシングカーを生み出すことになった。

シムカ1000(1961年)
シムカ1000(1961年)

シムカ1000のラリー仕様は、欧州各地の競技イベントで勝利を収め、今日でもヒストリックレーサーとして人気を博している。アバルトも発売直後にこのモデルのチューニングを手掛け、シムカは1000クーペという2つのクーペを生み出した。

シムカは1967年、横置き4気筒エンジンを搭載した前輪駆動の1100を発売した。このモデルは1000と並行して販売され、シムカが経営難に陥る1978年まで生産が続けられた。

アルピーヌA110(1962年)

アルピーヌ初の乗用車であるA106は、ルノー4CVと多くの機械部品を共有しており、リアエンジンレイアウトも共通だ。後継となるA108においてもこのレイアウトを維持し、A110の開発に着手した際もエンジンの配置は変更されなかった。

コンパクトで軽量、かつ十分なパワーを備えたA110は、スタートグリッドに並んだ後輪駆動のレーシングカーの中で史上最も成功した1台となった。A110は生産終了となるまでルノー製のエンジンを採用していた。

アルピーヌA110(1962年)
アルピーヌA110(1962年)

初期モデルには、当時新型だったルノー8から流用した55ps、956ccの4気筒エンジンが搭載されているが、後期のモデルにはルノー17 TSから流用し、140psを発揮するようにチューニングされたインジェクション式の1605cc 4気筒エンジンが採用された。

アルピーヌはポルシェと同様、可能な限り長くリアエンジンを維持した。A310とA610はいずれもリアエンジンだ。しかし、2017年に発売された現代版A110は、ミドシップレイアウトへと変更された。

ルノー8(1962年)

1961年に前輪駆動のルノー4が発売された際、多くの人がもうリアエンジン車の生産は終わるだろうと予想していた。しかし、ルノーはまだ諦めていなかった。旧式化しつつあったドーフィンの後継として、8という新型車を投入したのだ。

その角ばったデザインは、ドーフィンの柔らかく丸みを帯びたラインとは一線を画しているが、中身は似通っていた。

ルノー8(1962年)
ルノー8(1962年)

ルノーは、4のようなフロントエンジン・前輪駆動ではなく、水冷式リアエンジンを採用した。これはおそらく、1940年代からリアエンジン車を運転してきた顧客層を遠ざけることを懸念したためだろう。

ルノーは、ラインナップにおける8と16の間のギャップを埋めるため、10という別のリアエンジン搭載モデルを発売した。これは8を進化させたもので、フロント部分が長く、独自のデザインと洗練されたインテリアを備えている。

8の中で最もメモリアルなバリエーションは、1964年に最高出力90psの1108ccエンジンを搭載して登場したゴルディーニだ。1967年には、100psの1255cc直列4気筒エンジン(およびフロントに2つの追加ライト)を搭載するようになった。フランスでの8の生産は1973年に終了したが、スペインでは1976年まで続けられた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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