時代が違えば売れていた? 惜しくもヒットを逃したクルマ50選(前編) ランドローバーの対抗馬から、名ばかりのマッスルカーまで

公開 : 2026.11.03 11:05

ヒルマン・インプ(1963年)

ミニに対抗するために開発されたインプは、アルミ製の高回転型オーバーヘッドカム4気筒エンジンをリアに搭載し、後輪を駆動する。ドライビングの楽しさが際立つ1台だ。

しかし、オイル漏れに加え、エンジンの非力さや信頼性の低い空気圧式スロットルといった不具合により、道路よりも整備工場で過ごす時間の方が長かった。さらに、製造品質は衝撃的なほど粗悪で、インプは最初から失敗作となる運命だったと言える。だが、しっかりと整備された1台を運転すれば、まさに目から鱗の体験を得られるだろう。

ヒルマン・インプ(1963年)
ヒルマン・インプ(1963年)

オースチン3リッター(1967年)

オースチン3リッターは、フォード・ゾディアック、ハンバー・セプター、ジャガーXJ6、ヴォグゾール・ヴィスカウントといった強力なライバル車に対抗するために開発された。オースチン1800/220(ランドクラブ)のホイールベースを延長したモデルで、旧式のオースチン・ヒーレー3000から流用した2912ccの直列6気筒エンジンを搭載している。

エンジンは非力であり、ボディは堅牢だったもののハンドリングは悪く、高級車として期待されていた割には乗り心地も良くなかった。生産台数は1万台に満たず、販売中止となった。

オースチン3リッター(1967年)
オースチン3リッター(1967年)

シボレー・ノヴァ(1970年)

シボレーは、1970年代の経済的余裕のない顧客層に向けた低価格車を作ろうとしていた。当初は見た目の面でも期待に応えるクルマとして順調なスタートを切ったが、その後ゼネラルモーターズ(GM)は販売価格を抑えつつ利益水準を維持するために、可能な限りコストを削減した。

その結果、車内は脆いプラスチックだらけになり、ボディは早期に腐食し、数々の機械的トラブルに見舞われるなど、コスト重視の買い手たちを悩ませるクルマとなってしまった。

シボレー・ノヴァ(1970年)
シボレー・ノヴァ(1970年)

クライスラー180(1970年)

1967年にクライスラーが英国のルーツ・グループを買収した際、欧州で自社ブランドによる自動車販売を行うことを決めた。クライスラーなら、消費者をワクワクさせるような特別なクルマを開発するために全力を尽くすだろうと思われたが、実際には1.8Lエンジンを搭載し、ヒルマン・アベンジャーを少し高級化しただけのクライスラー180が登場した。

後にビニールルーフを備えたクライスラー2リッターが登場したが、どちらも期待外れで、ほとんど存在感を示すことができなかった。

クライスラー180(1970年)
クライスラー180(1970年)

モーリス・マリーナ(1971年)

1959年に登場したBMCファリーナの後継として設計されたマリーナ。ブリティッシュ・レイランドが、当時市場を席巻していたフォード・コルティナに対抗するために打ち出したモデルだ。

コルティナは造りや走行性能において決して最高水準とは言えなかったが、マリーナはその両面においてさらに劣っていた。疑わしいほどの洗練度の低さ、重苦しいハンドリング、ずさんな品質管理、そして魅力に欠けるエンジンを備えたマリーナには、最初から勝ち目などなかったのだ。

モーリス・マリーナ(1971年)
モーリス・マリーナ(1971年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の英国の自動車雑誌『AUTOCAR』(1895年創刊)。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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