実用性は度外視 ロータス340R ルノー・スポール・スパイダー(1) AUTOCARが開発関与

公開 : 2025.03.01 17:45

実用性度外視で軽さを追求したロータス340R ケータハム・スーパーセブンの現代版が目指されたルノー・スポール・スパイダー 実は開発へ関与したAUTOCAR 英編集部が2台の魅力を再確認

実用性は度外視で軽さを追求したロータス

少なくとも現状では、ロータス340Rやルノー・スポール・スパイダーに並ぶようなモデルが、新たに登場するとは考えにくい。まともなルーフだけでなく、ヒーターも備わらず、内装は殆どない。ピュアでダイレクトな運転体験が、ひたむきに追求されていた。

340Rは2000年、スポール・スパイダーは1996年と、登場は4年ほど異なる。しかし、異なる経緯で導かれた基本コンセプトは、非常に近い。

シルバー・ツートーンのロータス340Rと、レッド・ツートーンのルノー・スポール・スパイダー
シルバー・ツートーンのロータス340Rと、レッド・ツートーンのルノー・スポール・スパイダー    マックス・エドレストン(Max Edleston)

スポール・スパイダーと時を同じくして発売されたのが、初代ロータス・エリーゼ。押出成型のアルミニウム材を用いたシャシーは軽量・高剛性で、当時の英国価格は2万ポンド以下。多くのクルマ好きを驚かせ、熱烈な歓迎を受けるに至った。

エンジンは、ローバー社製の自然吸気1.8L直列4気筒。ただし、当初のKシリーズの最高出力は119psにすぎず、シャシーには大きな余裕があった。スポーツ135とスポーツ160という高性能仕様も提供されたが、「スーパー」なエリーゼも計画は進められた。

その頃のマネージングディレクター、クリス・ナイト氏は、実用性は度外視で軽さを追求したロータスのスタイリングやパフォーマンスについて、社外の意見を求めた。彼が頼ったのは、AUTOCARだった。

340R誕生に関わったAUTOCAR 目標は500kg

「ロータス・エリーゼを発売以来高く支持してきた弊誌へ、過激な仕様への協力依頼をいただきました。340R誕生のきっかけといえます」

「わたしたちは、(本社のある)へセルの設計スタッフと協力しながら、極端なアイデアを精査していきました。オリジナルより一層軽く、自ずとより速いものの創出が目指されました」。現在の英国編集部編集長、スティーブ・クロップリーが回想する。

ロータス340R(2000年/英国仕様)
ロータス340R(2000年/英国仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

1998年10月上旬、ラッセル・カー氏率いるロータスのデザインチームは、エリーゼのシャシーへ工業用クレイを載せて、スタイリングの検討を本格化。AUTOCARが提案したのは、500kgという車重目標だった。

「340は、パワーウエイトレシオを意味しました。(初代の)エラン26Rへの敬意を表す、R付きのモデル名も提案したんですよ」。クロップリーが説明する。だが、公道用モデルとしての規制を満たす上で、車重の目標値は650kg以下へ変更された。

量産仕様では、675kgに決着。最終的に、340は生産数の表す数字になった。エリーゼから不必要な装備が徹底的に省かれたことを考えると、50kgしか軽くならなかったのは、意外に思えてしまう。

フロントガラスを装備しないという、大胆なアイデアすらあったらしい。しかし、先行して市場へ投入されていた欧州仕様のスポール・スパイダーは、小さなエアロスクリーンだけ。AUTOCARとしては、フロントガラスの採用を強く推したそうだ。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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