【連載:清水草一の自動車ラスト・ロマン】#12 これが人生最後のレース!

公開 : 2025.06.20 12:05

自動車はロマンだ! モータージャーナリストであり大乗フェラーリ教開祖の顔を持つ清水草一が『最後の自動車ロマン』をテーマに執筆する、隔週金曜日掲載の連載です。第12回は『これが人生最後のレース』を語ります。

シワのひとつひとつに、『男の履歴書』を感じたい!

200万円で購入した先代マセラティクアトロポルテこと『大貴族号』は、その後もタコちゃん(マイクロ・デポ岡本和久代表)によって、没落部分の修復活動が続けられた。具体的には、次のような内容だ。

・フロントに続いてリアサスペンションのラバー部品全とっかえ
・エンジンマウント交換
・グダグダになってドドメ色に変色したフロントシートリペア
・内装リペア
・ドアモール磨き

こちらは筆者清水草一、人生唯一のレースでの優勝。筑波サーキットにて。
こちらは筆者清水草一、人生唯一のレースでの優勝。筑波サーキットにて。    清水草一

それらの作業(苦行)の様子をマイクロ・デポのブログで見ていると、「もう、そのくらいでいいです……」という気になってきた。自分は、ピカピカのクルマが欲しいわけじゃない。

むしろ、顔に刻まれたシワのひとつひとつに、『男の履歴書』を感じたい。パックリ開いた傷口(例:走行中、激しい音と振動を発するサスペンションや、ドドメ色に変色したシート)は治療してほしいけど、シワ程度ならあってもいい。

白サビに侵食されたドアモール磨きが、1日かけて左側しか終わらなかった様子をブログで見た私は、タコちゃんに「右側はそのまま残すというのはどうでしょう……」と、遠慮がちにメッセージを送った。

ピカピカを目指す彼としては許せないかもしれない。でも、左側だけピカピカのほうが、違いのわかる男っぽくてイイんじゃないか。間もなく梅雨入りが予想されていたので「納車はいつごろに……」とも付け加えた。

すると即座に、「じゃ3日後に納車でどうですか」と返信が来た。ええっ!? まだまだかかるかな~と思ってたのに! さすが違いのわかる男!!

これってあの時と同じだ!

2月下旬の購入から約3ヵ月半。急転直下、大貴族号納車の日がやってきた。

通常、カーマニアにとって納車はルンルンだ。人生の中でも、指折りの晴れの日である。しかし私は不安でいっぱいで、むしろ気が重かった。走る時限爆弾(注:不安神経症による思い込みです)が、ついに自分の元にやってくるのだから。

32年前、筆者が初めて購入したフェラーリである348ts(を掃除する様子)。
32年前、筆者が初めて購入したフェラーリである348ts(を掃除する様子)。    清水草一

納車がこんなに不安で大丈夫だろうか。すぐに手放したくなっちゃうんじゃないか。メカトリエ(つくばにあるマイクロ・デポの拠点)へ向かう道すがら、そんな思いがよぎったが、その時ふと思い出した。

(これってあの時と同じだ)

あの時とは、32年前、初めてフェラーリの納車を迎えた日のことである。

あの日私は、うれしさはほとんどなく、ただただ不安だった。

当時、中古フェラーリは、時限爆弾そのものと信じられていた。そもそも庶民がフェラーリを買うなんて、とんでもないバチ当たり。札付きのバカ息子しかやらない穀潰しの極北的行為である。ああ、オレは今後「あのバカ息子、フェラーリなんか買ったよ」と指さされつつ、数々の困難に見舞われるのか。

いや、それでもやめられない!

フェラーリを買わずには死ねない!

なぜならフェラーリは、地上唯一の自動車芸術だから!

オレの魂を震わせてくれるのはフェラーリだけ!

これからどんな試練が待っていようとも、乗り越えるのが宿命なのだ!!

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    清水草一

    Souichi Shimizu

    1962年生まれ。慶応義塾大学卒業後、集英社で編集者して活躍した後、フリーランスのモータージャーナリストに。フェラーリの魅力を広めるべく『大乗フェラーリ教開祖』としても活動し、中古フェラーリを10台以上乗り継いでいる。多くの輸入中古車も乗り継ぎ、現在はプジョー508を所有する。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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