アルピーヌを動かす最重要人物 フィリップ・クリーフ氏:エンジニア賞 AUTOCARアワード2025

公開 : 2025.07.28 11:45

世界各地のメーカーを経験

多くの点で、彼はアルピーヌのようなロマンチックなブランドを未知の領域へと導くのに最適な人物だ。世界トップクラスのシャシー開発者としてのクリーフ氏の独自性は、多様でハードなキャリアパスに由来していることは間違いない。

学生時代の最終年度の一部はルノーで過ごし、初期のサスペンション・シミュレーションモデルの開発に携わった。1980年代においては先駆的な取り組みである。次にミシュランに移り、タイヤ開発の「試行錯誤の過程」を経験した。

クリーフ氏が開発に携わったフェラーリ458スペチアーレ
クリーフ氏が開発に携わったフェラーリ458スペチアーレ

彼は当時の上司について懐かしそうに語る。「社内で上司だけが信じるコンセプトを押し進めていた」のを間近に見て刺激を受けたという。その上司は確かなデータと意志を持って、上層部にコンセプトの価値を示したそうだ。その後、ミシュランが自動車メーカーとの重要な契約を獲得するため、日本に進出した。

そこで、クリーフ氏の細部への情熱と事実へのこだわりは、日本のエンジニアたちによって「1000倍に増幅された」という。「彼らは非常に正確で、理解しようと意欲的で、分析に熱心でした」と振り返る。

その後、イタリアに移り、147 GTAからデュカトまで、フィアットのあらゆる横置きプラットフォームのシャシー開発を指揮したことで、ある種のカルチャーショックを受けたようだ。しかし、その経験がエンジニアとしての幅広い知識をもたらしたことは間違いない。

そしてマラネロ。フィアット・ドブロの低速域でのショック制御は、ミドシップスーパーカーの限界域でのハンドリング特性に置き換えられた。今日でも、クリーフ氏は458スペチアーレ(史上最高のポテンシャルを秘めたスーパーカーの1つ)のダイナミクスの基盤を構築したことでよく知られている。

しかし、彼の真の最高傑作はその後に続いたものだったかもしれない。アルファ・ロメオのジョルジオプラットフォームは、開発の大部分が秘密裏に進められたプロジェクトで、その結果生まれたジュリアは、BMW 3シリーズへの対抗馬となった。メカニカルな要件は同じながら、素晴らしく新鮮で活気のあるアプローチを採用している。

「3年以内にプラットフォームとクルマを開発するよう求められたんです」とクリーフ氏は振り返る。「フィアットの部品は一切使用できず、技術的なアドバイスも一切なかったため、少人数のチームを編成しなければなりませんでした」

クリーフ氏が言う小規模チームの利点は、サスペンションブッシュやドロップリンクなど、特定の部品だけを設計する人が1人もいないことだ。「システム全体について考えるようになります」

EVにも同じ運転の「喜び」を

これはクリーフ氏が重視している働き方だ。現在統括するアルピーヌだけでなく、ルノー・グループ全体のポートフォリオにもさらに深く浸透させようとしている。

2023年にフェラーリからアルピーヌへの移籍を検討していた当時については、「アルピーヌのフィロソフィーに自分が合うかどうかを確める必要がありました」と語っている。イタリアで25年間働き、プラグインハイブリッドのフェラーリ296 GTBの最終承認を終えた後のことだった。

アルピーヌでは高性能EVラインナップの構築を進めている。
アルピーヌでは高性能EVラインナップの構築を進めている。

「わたしはもう変化するには歳を取り過ぎました。アルピーヌから最初に連絡があったとき、この挑戦について考えました。すなわち、ゼロスタートで、わたしがこれまで開発し、愛してきたクルマと同じ特性を持つEVを開発することです」

それは魅力的なオファーであった。彼は、おそらく最後となるであろう大きな仕事のために、故郷フランスへと戻った。現在、そのビジョンは具体化しつつある。A390は、デュアルモーターのリアアクスルと巧妙なシャシーエレクトロニクスを搭載し、プロトタイプは期待が持てる仕上がりだ。来年、既存のA110(クリーフ氏の製品ではないが、その印象は驚くほど似ている)は生産終了となる。

A110の後継車は2027年に登場し、アルピーヌ・パフォーマンス・プラットフォームを導入する。このプラットフォームは2+2クーペのA310にも採用される。V6エンジン搭載のスーパーカーも開発中だ。

いずれの場合も、クリーフ氏の履歴書にあるクルマの魅力を定量化し、それをEVに落とし込むことが目標だ。難しい仕事だが、不可能ではない。

彼は言う。「(ガソリン車とは)異なるアーキテクチャー、異なる重量と慣性、エネルギー密度の高いモーター、より短い応答時間など、(エンジニアリング手法は)異なりますが、結果は同じ、つまり『喜び』につながるでしょう」

記事に関わった人々

  • 執筆

    リチャード・レーン

    Richard Lane

    役職:ロードテスト副編集長
    2017年よりAUTOCARでロードテストを担当。試乗するクルマは、少数生産のスポーツカーから大手メーカーの最新グローバル戦略車まで多岐にわたる。車両にテレメトリー機器を取り付け、各種性能値の測定も行う。フェラーリ296 GTBを運転してAUTOCARロードテストのラップタイムで最速記録を樹立したことが自慢。仕事以外では、8バルブのランチア・デルタ・インテグラーレ、初代フォード・フォーカスRS、初代ホンダ・インサイトなど、さまざまなクルマを所有してきた。これまで運転した中で最高のクルマは、ポルシェ911 R。扱いやすさと威圧感のなさに感服。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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