強烈なインパクトを残した3輪車 52選(前編) 市民の「足」として活躍した奇妙なクルマたち

公開 : 2025.10.25 11:25

メッサーシュミットKR200/201(1955年)

第二次世界大戦終結後、ウィリー・メッサーシュミット(1898-1978)は航空機製造を禁じられ、自動車製造に転じた。最初の作品は1953年のKR175で、約2万台が生産された。その後継モデルであるKR200は1955年に登場し、191ccエンジンを搭載して、タンデムシートで2名が乗車可能だった。

1964年までに約3万台が販売され、その後、メッサーシュミットは航空機産業へ回帰した。

メッサーシュミットKR200/201(1955年)
メッサーシュミットKR200/201(1955年)

ブルッシュ・モペッタ(1956年)

見るからに危なっかしいモペッタは49ccエンジンを搭載し、最高速度は約43km/hだった。全長わずか1.7m、全幅88cmというサイズにもかかわらず、なぜか売れ行きは振るわず、生産台数は14台に留まった。

ブルッシュ・モペッタ(1956年)
ブルッシュ・モペッタ(1956年)

ハインケル・カビーネ(1956年)

この広告にある通り、ハインケル・カビーネは驚異的なスピードと、広々とした快適な車内空間を誇った。広告の家族が幸せそうに見えるのも当然だ。バブルカーの中でも特に人気を博した有名なモデルであり、英国でもトロージャンとして販売され、総生産台数は約3万台に達した。

ハインケル・カビーネ(1956年)
ハインケル・カビーネ(1956年)

トゥレット(1956年)

思わず二度見してしまうデザインだが、英国サリー州のプログレス・シュプリーム社が生産したトゥレットは極小サイズながら、横並びで3人乗りが可能とされている。197ccエンジンからわずか7.6psを引き出し、車重195kgで最高速度約88km/hに達するという。これはおそらく、急勾配の下り坂での話だろう。1956年から1957年にかけてわずか35台が生産された。

トゥレット(1956年)
トゥレット(1956年)

ローレラ(1956年)

ブルッシュ・モペッタが販売の面で失敗作だったとしても、ローレラに比べればまだましだった。ローレラはわずか8台しか売れていない。実質的にモペッタのロング&ワイド版で、生産終了後はソシエテ・ローレラ・フランセーズという会社にライセンス供与され、さらに少数が生産された。

現在では、非常に収集価値が高い。写真に写る1台は2013年にRMサザビーズで6万3250ドル(現在の相場で約950万円)で落札された。同じオークションではモペッタが6万6125ドル(約1000万円)で落札されている。

ローレラ(1956年)
ローレラ(1956年)

ボンド・ミニカー(1957年)

ローリー・ボンドがミニカーを発表してから10年も経たぬうちに、約1万4000台を売り上げた。まさに当時の英国経済の象徴と言えそうだ。このモデルは1957年に登場し、9年間の生産期間中にセダン、コンバーチブル、エステートのボディが展開された。そして、ついに贅沢な仕様に発展した。左右にドアを備え、246ccエンジを搭載し、後期モデルでは手動式窓さえ備えている。

ボンド・ミニカー(1957年)
ボンド・ミニカー(1957年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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