強烈なインパクトを残した3輪車 52選(前編) 市民の「足」として活躍した奇妙なクルマたち

公開 : 2025.10.25 11:25

ボンド・ミニカー(1948年)

ローリー・ボンド(1907-1974)は1948年当時、モーガン以外では英国唯一となる3輪車を販売した。究極の経済性を追求したため、リアサスペンションなし、ドアなし、フロントガラスはプラスチック製で、前輪ブレーキなし、エンジンは122ccで最高出力6psという仕様であった。価格も維持費も非常に安く、売れ行きは好調だった。その人気を受けて、ボンドは8psの197cc単気筒エンジンを搭載したデラックスモデルも追加している。

ボンド・ミニカー(1948年)
ボンド・ミニカー(1948年)

フェンド・フリッツァー(1949年)

フリッツ・フェンドは第二次世界大戦中にドイツのメッサーシュミット社で働いていた。戦後、負傷兵向けにペダル駆動の3輪車を作ることを決意する。最初の車両は1948年に販売されたが、その1年後にはさらに洗練されたMk2の生産を開始した。最高出力2.5psの98ccエンジンを搭載し、最高速度は約60km/hに達した。最も奇妙な特徴として、空気で膨らませるリブ付きルーフがある。フリッツァーMk2は、252台が販売された。

フェンド・フリッツァー(1949年)
フェンド・フリッツァー(1949年)

ヴェロレックス(1950年)

チェコスロバキアを拠点とするストランスキー兄弟は、1943年にヴェロレックスの試作車を製作したが、生産が開始されたのは1950年になってからだ。鋼管スペースフレームに175ccエンジン(後に250cc、さらに350ccへ拡大)を搭載し、その上にキャンバスシートを被せて風雨から乗員を守った。軽量で経済的、そして驚くほど速く、1971年までに1万5000台以上が販売された。

ヴェロレックス(1950年)
ヴェロレックス(1950年)

フルダモービルN-2(1952年)

1950年の初代フルダモービルは、当時のキャンピングカーと同じような技術を用いて生産された。1951年のN-1で改良が進み、翌年に登場したN-2では流線型のちょっとスタイリッシュな2+2になった。9.5psの359cc単気筒エンジンを搭載し、それなりの走りを見せた。

フルダモービルN-2(1952年)
フルダモービルN-2(1952年)

ダイハツ・ビー(1951年)

日本の自動車メーカーの多くは小型車の生産から始まった。ダイハツ初の乗用車はこの3輪車で、804cc空冷水平対向2気筒エンジンを後部に搭載。おそらく、ポルシェ911の縮小版のような走りだったろう。全長4m超という車体に対してエンジンは小型だったため、最高速度は約80km/hに留まった。生産台数は約300台と言われているが、ごくわずかな台数が現存しているようだ。

ダイハツ・ビー(1951年)
ダイハツ・ビー(1951年)

ボンド・ミニカー(1952年)

1948年のモデルを約3500台売り上げたローリー・ボンドは、より高級志向のミニカーMkCを開発した。ドア(助手席用1枚のみ)、フロントブレーキ、そしてフルワイドのスタイリングを採用し、正面から見ると普通の四輪車のように見える。

ボンド・ミニカー(1952年)
ボンド・ミニカー(1952年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

強烈なインパクトを残した3輪車 52選の前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事

 

人気記事