米国を代表する名車 フォード・サンダーバードの栄光と衰退(後編) ダウンサイズと幕引き
公開 : 2025.12.20 11:45
販売台数の回復
1987年モデルではボディを改良し、さらに空力性能を高めた。ポジティブな変更ではあったものの、販売台数にはほとんど影響せず、売れ行きは終始堅調を維持した。
1983年から1988年にかけて、このモデルは88万5745台生産された。7代目より約7万台少ないが、サンダーバード全体で見れば優秀な結果であり、1980年から1982年の不振期からの力強い回復を示している。

NASCARでの勝利
標準仕様ではスポーツ性に欠けるものの、競技仕様に改造されたサンダーバードは1950年代からNASCARレースに参加している。
1988年、「ドーソンビルの驚異のビル(Awesome Bill from Dawsonville)」の異名で知られるジョージア州ドーソンビル出身のビル・エリオット(1955年生まれ)は、9代目サンダーバードで同タイトルを獲得した。写真は同年開催のデイトナ500での競技風景で、このときは比較的低い12位でフィニッシュしている。

新プラットフォーム『MN12』を採用
1988年12月に発売された1989年モデルのサンダーバードでは、従来のフォックスに代わる新プラットフォーム『MN12』を採用した。当時はすでに前輪駆動が一般的だったが、MN12プラットフォームの車両はすべて後輪駆動方式を採用している。
とはいえ、MN12は当時としては先進的な設計だった。新型サンダーバードと、そのマーキュリー版であるクーガーは、当時の米国製後輪駆動車の中でも四輪独立懸架を備えた数少ないモデルだった。

当初はV8エンジン設定なし
かつては想像もできなかったことだが、新型サンダーバードには当初V8エンジンが設定されていなかった。しかし、後にウィンザーシリーズの5.0Lエンジンが追加され、1994年にはより近代的な208psの4.6Lモジュラーに置き換えられた。
ベースエンジンはカナダのエセックス3.8L V6で、自然吸気仕様か、サンダーバード・スーパークーペ(SC)の場合はイートン製スーパーチャージャー付きが用意された。スーパークーペは時期により出力仕様が異なり、最大で231psだった。

アンダーバードの活躍
レーシングドドライバーのアラン・カルウィッキー(1954-1993)は、1992年のNASCARシーズンにおいて自身のアンダードッグ的(不利、負けそう)な立場を強く自覚していた。そのため、アトランタ・モーター・スピードウェイでの最終戦に向け、自身の駆るサンダーバードを「アンダーバード(Underbird)」と改名したのだ。
実際、このレースは非常に好調で、前述のオーサム・ビルをわずか10ポイント差(総ポイント4000以上)で抑え、チャンピオンを獲得した。これはシリーズ史上最小のポイント差での優勝であった。


















