ポルトガル初の国産レーシングカー フェルコム・スペシャル(1) 車名は「?」 ブガッティに並んだ俊足

公開 : 2026.05.24 17:45

逆転で車高を下げたトルカ・メリー・シャシー

だがメネレスは、性能へ納得していなかった。エンジンの可能性は引き出されていたものの、フォードのベーシックなシャシーで、フランスやイタリアのマシンへ立ち向かうことは難しかった。そこで、トルカ・メリー社製シャシーでの一新が図られる。

今はなきトルカ・メリー社は、第一次大戦前に活躍したフランスの自動車メーカー。1911年の第1回ラリー・モンテカルロへ参戦し、優勝を果たした名門だった。

フェルコム・スペシャル(1930年/ワンオフ・レーサー)
フェルコム・スペシャル(1930年/ワンオフ・レーサー)    マヌエル・ポルトガル(Manuel Portugal)

メネレスが選んだシャシーの詳細は不明だが、恐らく3.0L 4気筒エンジンを積んだモデル、15/25HP用だったのではと考えられる。更に彼は、車高を落とすためシャシーの上下を逆転。リアアクスルは、リーフスプリングの上側へマウントされた。

ステアリングコラムと3速MTはモデルA用のままで、ブレーキは前後に装備。ボディは、テールフィンを得たものへ新調されている。

レース直前に決められたモデル名は「?」

この改変で、フォード・モデルAと呼べない構成になったと考えたメネレスは、新たなモデル名を考案。レース直前に決められたのが、スペイン語で疑問符の「?」を表す、「ポント・デ・インターロガソン」だった。神秘性を持たせることが狙いだったらしい。

「?」へ生まれ変わったマシンが最初に挑んだのは、1931年初頭に開かれた、ヴィラ・レアル・サーキット初のイベント。ポルトガル北部に敷設された真新しい7.15kmのコースを、20周走り速さが競われた。

1931年のボアヴィスタを走るフェルコム・スペシャル ボディ側面に「?」が見える
1931年のボアヴィスタを走るフェルコム・スペシャル ボディ側面に「?」が見える

完成直後のサーキットでも路面状況は優れず、表面には小石が浮き、走ると砂埃が舞ったようだ。しかしメネレスの友人、フェレイリーニャは143kmを走りきり、クラス2位でゴール。ポルトガル人へ、期待と誇りを与えたことは間違いない。

撮影:マヌエル・ポルトガル(Manuel Portugal)

この続きは、フェルコム・スペシャル(2)にて。

記事に関わった人々

  • サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

フェルコム・スペシャルの前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事

 

人気記事