伝説の自動車デザイナー、ガンディーニが手掛けた名作 50選(中編) 大胆コンセプトカー、質素な普及車も

公開 : 2026.06.21 11:25

ランボルギーニ・ブラボー(1974年)

1970年代初頭、ベルトーネとランボルギーニは非常に緊密に連携していた。ランボルギーニ・ウラッコはベルトーネの設計によるもので、トリノ・モーターショーではそのホイールベースを短縮した2シーターのコンセプトカー、ブラボーが披露された。

300psを発生するパワフルな3.0L V8エンジンを搭載し、走行可能で、細部に至るまで見事なディテールが散りばめられていた。しかし、製作されたのは1台のみ。現在は個人の所有下にある。

ランボルギーニ・ブラボー(1974年)
ランボルギーニ・ブラボー(1974年)

イノチェンティ90/120(1974年)

ランブレッタのスクーターでよく知られるイノチェンティは、1961年から1976年までミニをライセンス生産していた。1972年にはブリティッシュ・レイランドがイノチェンティを買収した。

イノチェンティは当初、2気筒750ccエンジンを搭載した新型車の開発を進めていたが、ブリティッシュ・レイランドが関与するようになると、代わりに998ccまたは1275ccのAシリーズエンジンを用いたミニのメカニズムが採用された。その結果、モダンでスタイリッシュな外観を持ちながら、構造的にはシンプルなハッチバックが誕生した。

イノチェンティ90/120(1974年)
イノチェンティ90/120(1974年)

マセラティクアトロポルテII(1974年)

初代クアトロポルテはマセラティにとってかなりの成功を収めた。8年間で776台が販売され、1974年にはクアトロポルテII(QPII)が発表された。しかし、当時マセラティはシトロエンの傘下にあり、QPIIにおいては前輪駆動のSMをベースにし、3.0L V6エンジンを搭載するよう強く求められていた。

その後、シトロエンは財政的に行き詰まり、マセラティはライバルのデ・トマソに売却された。結果的に、QPIIはわずか十数台しか生産されず、欧州以外の市場向けに供給された。欧州では販売認可が得られなかったためである。

マセラティ・クアトロポルテII(1974年)
マセラティ・クアトロポルテII(1974年)

フィアット・ビジターバス(1975年)

フィアットはミニバン(MPV)分野にいち早く参入し、600をベースにしたムルティプラを展開していた。ムルティプラは1965年に、やや大型の850Tに取って代わられた。1975年になると、フィアットは旧式化しつつあった850Tの後継車のデザインをベルトーネに依頼した。

ガンディーニ氏はビジターバスという奇妙な名前のモデルを考案した。850Tのプラットフォームをベースとし、3列の座席への乗り降りを容易にするため6ドアを備えていた。しかし、走行可能な試作車が1台製作されただけでプロジェクトは中止となり、フィアットはこの車両を自社工場の見学ツアーに使用した。

フィアット・ビジターバス(1975年)
フィアット・ビジターバス(1975年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

ガンディーニが手掛けた名作 50選の前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事

 

人気記事