伝説の自動車デザイナー、ガンディーニが手掛けた名作 50選(中編) 大胆コンセプトカー、質素な普及車も
公開 : 2026.06.21 11:25
ランボルギーニ・ウラッコ(1973年)
1970年のトリノ・モーターショーで初公開されたウラッコだが、量産化にはさらに3年を要した。ようやく発売にこぎつけた際も、最高出力220psのミドシップ2.5L V8エンジンの性能に物足りなさを感じた消費者の心を掴むことはできなかった。
さらに、製造品質も粗かった。250psのウラッコP300では性能面が改善されたが、依然として造りが非常に粗く、買い手は遠のいてしまった。1973年から1979年の間に生産されたウラッコはわずか791台だ。

ランボルギーニ・エスパーダ4ドア(1973年)
発売から5年が経過してもエスパーダへの人気はあったが、ランボルギーニは後継車開発の必要性に迫られた。しかし、同社にはまったく新しいモデルを開発する余裕がなかったため、ガンディーニ氏にエスパーダの改良版を考案するよう依頼した。その結果生まれたのが、リトラクタブルヘッドライトを備え、量産車よりホイールベースを100mm延長した4ドア・クーペだ。しかし、残念ながら設計図の段階を超えることはなかった。

フェラーリ・ディーノ308 GT4(1973年)
エンツォ・フェラーリ氏がエンジンをフロント以外の場所に搭載することに強く反対していたことは、よく知られている。彼は、エンジンを乗員の後方に置くことは間違っていると考えていたが、革新的なランボルギーニ・ミウラの存在にはさすがに注目せざるを得なかった。
その結果として1968年に登場したのがディーノこと206 GTであり、その後1973年にはフェラーリ初のミドシップV8搭載車308 GT4が登場した。このモデル以降、ミッドシップV8の系譜はしばらく続いたが、フェラーリは1993年のモンディアルの生産終了をもってミドシップ4シーターから手を引いた。

ランボルギーニ・カウンタック(1974年)
視覚的なインパクトにおいて、1971年のジュネーブ・モーターショーでコンセプトカーとしてお披露目された初代ランボルギーニ・カウンタックに勝るものは少ないだろう。
3年後に量産化された際もそのドラマチックな外観は色あせることなく、パワートレインはミウラからミドシップ4.0L V12エンジンを引き継いだ。1990年には、排気量は5.2Lへと拡大していた。

マセラティ・カムシン(1974年)
カムシンは、おそらく過去40年で最も目立たないマセラティ車と言えるだろう。ボーラと同じ4.9L V8エンジンを搭載しているが、ボーラのミドシップ配置に対し、カムシンではフロント配置となっている。これは、マニュアルまたはオートマティック仕様で展開された2+2のカムシンにおいて、後席のスペースを確保するためであった。
1974年から1982年の間に計435台が生産された。















































