チャップマンやマクラーレンがベースにしたセブンから、国民車や元祖オフローダーまで 自動車史100年の最強インフルエンサー(2)

公開 : 2026.06.27 17:50

長年に及ぶ人気へ貢献した耐久性と生産性

第二次大戦を経て生産は途切れるが、英国軍の協力で再開。1960年代のヒッピー文化を象徴する存在になったことは、皮肉的なものだろう。自動車業界への影響力も巨大だ。

今回のビートルは、1952年10月から1953年3月まで生産された、スプリットウィンドウのタイプ1。エンジンは24馬力仕様で、ダッシュボードやフェンダー、フロアパンは後期のオーバルウィンドウ用が採用されている。

1930年代代表:フォルクスワーゲン・ビートル(タイプ1/1938〜2003年)
1930年代代表:フォルクスワーゲンビートル(タイプ1/1938〜2003年)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)/マックス・エドレストン(Max Edleston)

オーナーはマーティン・ジュエル氏。この仕様は、13台しか現存しないらしい。「技術者のためのクルマ。リアエンジンにスイングアーム式リアサスなど、生産技術の傑作という点で、戦闘機のメッサーシュミットに似てますね」とスティーブンスが話す。

戦後の政治的動きがなければ、ビートルは存在しなかったとも前置きしつつ、こう続ける。「戦前に目指されていた、国民車へ発展しうる価値が備わっていました。耐久性と生産性の高さが、長年に及ぶ人気へ貢献したのでしょう」

協力:マーティン・ジュエル氏

1940年代代表:ウイリス・ジープ MB(1941〜1945年)

1970年代の英国のTVドラマ、「M*A*S*H」に登場していたウイリス・ジープ MB。画面へ映る姿へ、筆者は好意を抱いていた。便利な道具で、どこにでも向かえて、壊れない。影響力とは裏腹に、今回の10台では最も注目度の低いモデルでもあるだろう。

近代の戦争において、重要な役目を負ってきたことは事実。1930年代にアメリカン・バンタム社が堅牢な小型車として提案した四輪駆動車は、いつしかジープと呼ばれるように。戦いが激しくなると、生産はウイリス・オーバーランド社とフォード社に託された。

1940年代代表:ウイリス・ジープ MB(1941〜1945年)
1940年代代表:ウイリス・ジープ MB(1941〜1945年)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)/マックス・エドレストン(Max Edleston)

第二次大戦中にラインオフしたジープは、計65万台。更にその後、約30年間に数10万台が作られている。実用性と悪路性能、堅牢性を理由に、比類ない存在になった。

他方、1945年にウイリスはジープCJ-2Aを発売。世界初の、民間向け四輪駆動車が誕生している。ジープ・ブランドの起源になっただけでなく、1948年に発売されるランドローバー・・シリーズ1の発案にも繋がった。

SUV誕生にも貢献した元祖オフローダー

今回の車両は、11年前にエディ・ハーグレイブ氏が購入した1942年式。フォード生産のジープだが、1945年にレストアを受け、1943年仕様のウイリス・ボディとエンジンへ交換されている。インテリアは驚くほど質素で、予想以上に運転しやすい。

ステアリングホイールやペダルは軽く、その後に生まれたランドローバーより、正確に進路を選べる。3速MTのレバーは、ストロークが長い。「ジープ・ブランドは成長を遂げ、SUVの誕生にも貢献したといえます」とブラウンが振り返る。

1940年代代表:ウイリス・ジープ MB(1941〜1945年)
1940年代代表:ウイリス・ジープ MB(1941〜1945年)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)/マックス・エドレストン(Max Edleston)

「第二次大戦の映画でも、ジープは不可欠。歴史の中では、欧州開放など文化的な象徴でもあります」と話すキッドストンの実家の農場には、2台のジープがあったらしい。

「7本スロットのフロントグリルは、今でも真似ようとするメーカーがあるほど。ジープは、オフローダーのあるべき姿を体現しました。長期的には、どんなクルマよりも長く影響力を及ぼすことになるかもしれません」と続けた。

協力:エディ・ハーグレイブ氏

この続きは6月28日公開、自動車史100年の最強インフルエンサー(3)にて。

記事に関わった人々

  • 執筆

    サイモン・ハックナル

    Simon Hucknall

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジャック・ハリソン

    JACK HARRISON

    英国編集部フォトグラファー
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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