アリゾナの太陽に灼かれる日米欧の廃車 40選(後編) ジャンクヤード探訪記
公開 : 2025.07.20 19:25
フィアット – 1972年
最初のフィアット850スパイダーは843ccエンジンを搭載し、0-100km/h加速は18.2秒で、当時最も遅いスポーツカーの1つだった。1970年に903ccエンジンが採用され、『スポーツ』スパイダーへと改名された。これにより、0-100km/h加速が2.5秒短縮され、最高速度も138km/hから146km/hにアップした。
しかし、性能の不足は外観の良さで補っていた。デザート・バレー・オートパーツには、ほぼ同じ仕様の1972年式スポーツスパイダーが2台販売されていた。

ダットサンB210 – 1974年
世界ではサニー/120Yとして知られるダットサンB210は、1973年から1978年にかけて製造された。米国に上陸したのは、まさに絶好のタイミングであった。当時、米国人はマッスルカーでガソリンスタンドに列を作っていたが、この輸入車は4.7L/100km(約21.1km/L)という低燃費を実現していた。

ジャガーXJ40 – 1988年
ジャガーXJ40は1986年から1994年まで製造され、デザイン面では革命よりも進化を重視したモデルだった。これはジャガーの伝統的な顧客層への販売に悪影響を与えるリスクを避けたためだ。しかし、シリーズ3に比べて空力性能が大幅に向上し、燃費もやや改善されている。
初期のモデルは製造上の品質問題に見舞われたが、販売は好調で、総販売台数は20万8733台に達した。1988年製のこの車両のように、米国仕様車には1990年に4.0Lエンジンが登場するまで、3.6Lエンジンが搭載されていた。

フォード・コンサル
この英国製のフォード・コンサルのフロントガラスには「1959年」と記載されているが、初代モデルが製造されたのは1951年から1956年の間だ。総生産台数は22万7732台で、そのうちかなりの数が米国に輸出された。
米国基準では燃費の良いクルマだったが、非力な1.5Lエンジンを搭載していたため、0-100km/hに28秒もかかった。

オールズモビル98 – 1960年
オールズモビルの『ナインティエイト』は1930年代に初めて登場した。その名前はシリーズのナンバリングとシリンダー数(シリーズ90、シリンダー8本)に由来している。
この車両は、同ジャンクヤードに5台あった1960年式オールズモビルのうちの1台で、98の4ドア・ホリデー・ハードトップだ。この年は4種類のボディスタイルが展開され、2万7257台が販売されるなど人気だった。

画像 米国人を魅了した60年代生まれのスポーツカー【ダットサン240Zとシボレー・コルベットC3を詳しく見る】 全40枚










































