ニューメキシコの静かな乾燥地帯で見つけたクラシックカー 20選 ジャンクヤード探訪記
公開 : 2025.08.31 18:25
ダットサン280ZX
このダットサン280ZXのリアウィンドウに残っている足跡にご注目。一体、どんな動物の足跡だろう? 280ZXは1978年から1983年にかけて日本で製造された。280Zの後継車として開発された新設計のモデルだが、ドライブトレインは前モデルと同じだった。
280ZXには、ダットサンが日産のブランドであることを示す「Datsun by Nissan」のバッジが付けられている。最大の輸出市場である米国で、新しいグローバルネームを徐々に浸透させていった時期のものだ。

プリムス・クランブルック(1953年)
プリムス・クランブルックは、1951年から1953年までの短い期間しか製造されなかった。姉妹車のケンブリッジと同様、クランブルックもデトロイトのダッジ工場近くの通りの名称にちなんで名付けられたと思われる。そしてこの通り自体は、英国の地名にちなんで名付けられた。
こちらの1953年製の4ドアモデルは、牽引フックも完備しており、同ヤードのコレクションの中でも特に良質な1台だった。

フォード・デラックス(1941年)
ウリバリズ・オート・トーイング&リペアには、窓の欠けている車両がたくさんあった。そして、当然ながらインテリアもほとんど残っていない。この1941年製のフォード・デラックスはその好例で、車内は錆びた金属だけが残っている。同年に製造された25万5504台のデラックスのうち、4分の3はこの2ドアのチューダーだった。

ルノー・ドーフィン
ルノー・ドーフィンは、1956年から1967年にかけて世界中で200万台以上を販売した大人気モデルだ。845ccのリアエンジンを搭載した経済的なフランス車だが、米国では数奇な運命をたどった。発売当初は熱狂的に迎えられ、1957年に2万8000台、1958年に5万7000台、1959年には10万2000台を販売した。
これにより、フォルクスワーゲンに次ぐ輸入車ブランドとして第2位となり、一部の州では1位に輝いた。しかし、都市部では優れた性能を発揮したものの、27psという出力では高速道路走行にはまったくの不向きであり、当時主流の大排気量V8エンジン搭載車に太刀打ちできなかった。さらに、塩分を含む冬の道路に対応できず、腐食もひどかった。人気は急落し、1960年代半ばには年間販売台数は1万2000台程度まで落ち込んだ。

豆知識:英国のエリザベス女王はかつてドーフィンを贈られ、息子のチャールズ国王はこのクルマで運転を習った。

































