アメリカとドイツが牽引したターボ技術 伝説的モデルの立役者 ターボ! ブースト!(8) 知っておきたいその歴史
公開 : 2026.03.01 17:50
大排気量化で勢いを失ったアメリカのターボ
その頃、ゼネラル・モーターズ(GM)傘下のオールズモビルも、ターボへ取り組んでいた。GMでは挑戦的なブランドとして、新技術には前向きだった。そこで主任技術者、ハロルド・メッツェル氏は、高性能化を求めてギャレット社へ接触する。
オールズモビル・カトラス F-85には、3.5LのオールアルミV8エンジンが載っていた。排気量の拡大は難しく、パワーアップを図る上でターボは最適なアイテムだった。そのエンジンはジェットファイアと名付けられ、9607台が売れている。

他方、TRW社もシボレー向けにターボを開発していた。搭載相手は、空冷リアエンジンのコルヴェア。スロットル抑制システムを採用したシンプルな構造で、4年間に約5万台のターボ仕様が売れている。だが、大排気量化の中でターボが勢い付くことはなかった。
枚挙にいとまがない伝説的なターボモデル
欧州では、マイケル・メイ氏がフォードのV6エンジンをターボ化するキットを開発。1968年にはBMWの依頼を受け、2日間の作業で150馬力から320馬力への強化に成功している。トヨタにも招聘され、ツインターボのプロトタイプレーサー開発へ携わった。
ポルシェでは、社長に就任したエルンスト・フールマン氏がターボの搭載を推し進めた。「エンジンルームを見て、スペースがあるはずだと思いました」。と振り返っている。会長のフェリー・ポルシェ氏は、大気汚染の抑制に効果的であることも重視した。

オイルショックを挟み、1974年10月のパリでポルシェ911 ターボが発表。それから半世紀が過ぎ、今でもポルシェのターボは生き残っている。アウディUrクワトロやトヨタ・スープラ、ブガッティEB110など、伝説的なターボモデルは枚挙にいとまがない。
今では、当たり前の技術になったターボ。クルマとは、切っても切れないアイテムだ。
執筆:カール・ルドヴィグセン(Karl Ludvigsen)




























































































































