ミニ唯一の商用車、そして「世界一醜いデザイン」 今も異彩を放つ個性的なクルマ 48選(後編)

公開 : 2026.05.31 11:45

他者とは異なる道を歩んだ結果、「異色」の存在とみなされているクルマは少なくありません。今回は、奇抜なデザインや時代を先取りしすぎた構造など、常識にとらわれず、型破りな挑戦をしたクルマを48台紹介します。

ミニ・クラブバン

ミニは時折、新たな市場分野に参入するものの、予想していたほどの顧客を獲得できず、すぐに撤退することがある。短命に終わったクーペ、ロードスター、ペースマンがその好例だ。もう1つの例がクラブバンであり、これは現在に至るまでミニ唯一の商用車である。

基本的には初代クラブマンからリアサイドウィンドウを取り除き、シートを2席だけにしたものだが、バンとしてはあまり広くない上、荷室のフロア高が高すぎて不便だった。それでも親会社BMWは、ケータリング業者やイベントプランナー、写真家など、多くの小物を運ぶ必要のある人々にアピールできると期待していた。残念ながら、採算がとれるほどには売れなかった。

ミニ・クラブバン
ミニ・クラブバン

ナッシュ・メトロポリタン

1950年代の米国車のステレオタイプをこれほど効果的に覆すものは、ナッシュ・メトロポリタン以外にはない。ナッシュ・ケルビネーターが設計し、英国のオースチンが生産したメトロポリタンは、極めて小型のモデルである。全長は13フィート(約3.96m)未満で、エンジンの排気量も1.5L以下だった。

米国でも、他のどの市場でも、決して大きなインパクトを残したわけではないが、8年間生産される程度には人気があった。

ナッシュ・メトロポリタン
ナッシュ・メトロポリタン

日産キューブ

キューブは、日本国内では決して奇抜なクルマではなく、むしろ好まれる傾向にあった。しかし、欧州や北米で発売された3代目モデルは、同じような人気を得ることはできなかった。

日産が期待したほどに欧米市場には受け入れられず、価格設定もやや楽観的すぎた。欧米ではすぐに生産中止となったが、その後も日本では長年にわたり好調な売れ行きを維持した。

日産キューブ
日産キューブ

プジョー1007

一見すると、スライド式サイドドアを備えたプジョーの小型ミニバンは、少々風変わりではあるものの、非常に賢い設計に見える。残念ながら、車体は重く、2004年当時としては恐ろしく高価だった。さらに、フロントシートベルトの取り付け位置がかなり後方にあり、背の高いドライバーでも届きにくいという問題もあった。

ベルクロで固定された内装トリムは、異なる色のものに簡単に交換できるという特徴があるが、こうした問題やその他の欠点を補うには不十分だった。販売台数は低調であり(プジョーの顧客は概して、同社の一般的な小型ハッチバックを選ぶ傾向にあった)、1007は発売から5年後の2009年に生産終了となった。

プジョー1007
プジョー1007

ポンティアック・アズテック

アズテックはクロスオーバーSUVであり、多くの点でかなり優れたクルマだった。購入した人々はおおむね気に入っていた。問題は、ほとんど誰も買わなかったことだ。その理由は、見た目が非常に奇妙だからである。大手メーカーが販売した中で「最も醜いクルマの1つ」として頻繁に取り上げられ、2005年に生産終了したにもかかわらず、今でも異質な存在として認識されている。

特筆すべきは、ほぼ同じ内容でありながらより一般的なスタイリングを採用したビュイック・ランデブーが、アズテックの約3倍の売上を記録したことだ。ランデブーの販売台数は31万6000台に対し、アズテックは12万台にとどまった。

ポンティアック・アズテック
ポンティアック・アズテック

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

今も異彩を放つ個性的なクルマ 48選の前後関係

前後関係をもっとみる

関連テーマ

おすすめ記事