頭からつま先までシビれるラリーカー 伝説のMG『メトロ6R4』 最強ではないけど「最高」の1台【UK編集部コラム】

公開 : 2026.04.17 17:05

1980年代に登場したグループBラリーカー、MG『メトロ6R4』。ありふれた小型車をベースに、当時主流になりつつあったターボではなく、あえて自然吸気エンジンを搭載していました。その魅力を振り返ります。

学生時代の筆者を魅了したモンスター

筆者は自分の寝室に、あまり絵を飾ったことがない。どうもしっくりくるものが見つからないのだ。ありきたりすぎたり、安っぽかったり、あるいは高尚すぎたりする。

でも、MGの名車『メトロ6R4』がドリフトしているポスターだけは、ずっと飾っていた。筆者にとってはモナ・リザのパロディよりも価値がある。たとえ大学のルームメイトたちが、筆者と同じような感性を持っていなかったとしても。

MGメトロ6R4
MGメトロ6R4

MGメトロ6R4は、1980年代半ばにブリティッシュ・レイランドが開発したグループBのラリーカーだ。その魅力は、開発コンセプトの素晴らしさにある。

ブリティッシュ・レイランドのマーケティング担当者を納得させるため、グループBレーサーは小型車『メトロ』をベースにせざるを得なかった。ショートホイールベースのため機敏性が高いという利点もあったが、タイトルを獲れるだけの駆動系を詰め込む余地はほとんどなかった。今思えば、小排気量エンジンに大型ターボを装着し、トランスファーケースを取り付けて四輪駆動とするのが賢明な手段だっただろう。

自然吸気V6の甲高い咆哮

当時、ターボは一大ブームを迎えていた。アウディランチアルノー三菱がこぞって採用し、圧倒的なパワーを発揮した。オースチン・ローバー・モータースポーツも容易に追随できたはずだ。

しかし、彼らはそうしなかった。新潮流に対して「中指」を突き立て、自然吸気V6エンジンの開発に着手。元コスワースの巨匠デビッド・ウッド氏を招き入れた。ターボエンジンには、ターボラグや耐久性といった弱点があると考えていたのだ。また、大量に発生する熱と燃料消費をコントロールするための補器類は、かなりの重量増となり、バランスを崩すことが懸念された。

MGメトロ6R4
MGメトロ6R4

最終的な結果は紛れもない成功だった。9000rpmまで回るアルミニウム製の傑作だ。400psを発生したが、肝心なのはパワーではない。筆者の心に深く刻み込まれたのは、そのサウンドだ。

宣伝ツールとして、森に響き渡る、ミドシップ配置のハイテンションな6気筒エンジンの音ほど効果的なものはない。メトロ6R4が接近する際の甲高い咆哮は、観客を頭からつま先まで打ちのめした。まさに四輪のヘビーメタルだ。

デビューがもう少し早ければ……

もしベース車がメトロでなかったなら、わたし達はあの音を味わうことはなかっただろう。もし、もっと大きく重いローバーやオースチンだったなら、ターボチャージャーが妥協案として受け入れられていたかもしれないし、その結果生まれるサウンドトラックは精彩を欠いていただろう。

それにか、見た目もこれほどまでに破天荒なものではなかっただろう。コミカルなほどに張り出したフェンダーは機能的な設計だが、カラフルな広告スペースにもなり、プライベーターの間では印象的なデザインの数々が生まれている。ワークスのコンピュータビジョンのリバリー、ジミー・マクレーのロスマンズのスキーム、そしてP&Oフェリーズの派手なラリークロス仕様などが思い浮かぶ。

MGメトロ6R4
MGメトロ6R4

しかし何よりも、筆者を捉えて離さないのはメトロ6R4の悲しい運命だ。MGが開発に苦心している間、他のメーカーは過給技術をしっかりと確立していたのだ。1985年にメトロ6R4が発売された頃には、ターボを搭載したライバル車の出力は600psに迫ると噂されていた。いかに運転しやすく、信頼性が高かったとしても、メトロ6R4はデビュー時期が遅かったためにラリー界の片隅に追いやられる運命となった。もし1、2年早く登場していたら、どうなっていただろうか?

メトロ6R4はその独創性から、今なお多くの人々に愛され続けている。もし筆者が実際に運転する機会を得られたら、生きる気力を失ってしまうのではないかと恐れている。決して手に入れることができないとわかっているからだ。それでも、メトロ6R4の運転は筆者の「一生のうちにやりたいことリスト」のトップに君臨し続けている。

今のところは、クリス・ミークやコリン・マクレーがデモイベントで街中を猛スピードで駆け抜ける古い映像を見ながら、我慢するしかない。

記事に関わった人々

  • 執筆

    チャーリー・マーティン

    Charlie Martin

    役職:編集アシスタント
    2022年よりAUTOCARに加わり、ニュースデスクの一員として、新車発表や業界イベントの報道において重要な役割を担っている。印刷版やオンライン版の記事を執筆し、暇さえあればフィアット・パンダ100HP の故障について愚痴をこぼしている。産業界や社会問題に関するテーマを得意とする。これまで運転した中で最高のクルマはアルピーヌ A110 GTだが、自分には手が出せない価格であることが唯一の不満。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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