「本物のミニではない」 物議を醸した大人気モデルの再構築 初代BMWミニへの痛烈な批判を振り返る【UK歴史アーカイブ】

公開 : 2026.06.04 17:25

2001年にBMWグループ傘下で復活したミニ(MINI)は、往年のファンからさまざまな批判を受けました。しかし、結果的に逆風を乗り越え、ミニ復活は大成功に終わりました。当時の記事と世間の反応を振り返ります。

緊張感に満ちた開発現場

1959年にブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)が初代ミニを発売した際、そのパッケージングは極めて革新的であり、価格もわずか496ポンドからと手頃な設定だった。そのため、当然のように大成功を収めた。

1990年代初頭、新たに権利所有者となったローバーは後継車の開発を始めた。しかし、1994年1月にBMWが同社を買収したとき、新しいミニがどうあるべきかについて、両社の考えがまったく異なることが明らかになった。

2001年に登場した初代BMWミニ(R50)
2001年に登場した初代BMWミニ(R50)

開発はたちまち綱引き状態となった。ローバー案はコンパクトで革新的なパッケージングの後継車を目指したものであるのに対し、BMW案はレトロなスタイルのスポーツカーに傾いていた。欧州と米国から集められた15人のデザイナーが、わずか6か月で新型車のデザインを任され、最終的には互いに競合するさまざまなビジョンが提示された。現場には緊張感が走っていたという。

BMWは最終的に、ミニを低価格車から高級車へと変える方針を取り、自社のフランク・スティーブンソン氏によるデザイン案を採用した。

ターゲットとするのは、20歳から34歳の裕福な若年層と、初代ミニに懐かしい思い出を持つ35歳から50歳の層という、2つの異なる層だ。そして価格は20倍に跳ね上がった。最終的に『ワン』は1万ポンドから、スポーティな『クーパー』は1万1600ポンドからの設定となった。

エンジニアも困惑?

この方向性が初めて示されたのは、発売の3年前となる1997年のフランクフルトモーターショーだった。BMWは世間の反応を探りたかったのだ。これほど早い段階でデザインを公開することにはリスクがあったが、ベルント・ピシェッツリーダー会長は「ミニを真似する者はいない。唯一無二のクルマになる」と主張し、そうした懸念を一蹴した。

世間の反応は決して一様ではなかった。AUTOCARの読者の1人はこう不満を漏らした。「長年のミニのオーナーであり愛好家として、BMWが世界に先行公開を計画していると聞いて嬉しい驚きを感じた。実物を見るまでは。これはミニではない。ミニが象徴するすべてが、無意味なマーケティングの仕掛けへと歪められてしまった」

1997年に発表されたミニ・スピリチュアル・コンセプト
1997年に発表されたミニ・スピリチュアル・コンセプト

別の読者はこう切り返した。「新型ミニ? ハニー、シトロエンDSを縮めちゃったよ」(翻訳者注釈:映画『ミクロキッズ』の原題『Honey, I Shrunk the Kids』のダジャレ)

初代ミニのサスペンションを担当したエンジニア、アレックス・モールトン氏でさえも不快感を示し、AUTOCARにこう語った。

「これが一体何なのか、わたしにはわかりません。ミニという文字は入っていますし、グリルやライトなどの細部はいいのですが、車体が大きすぎます。プロポーションが崩れているように見えます。これは本物のミニではないと思います」

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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