米国向けマツダ・サバンナも発見 乾燥した大平原で見つけた日米欧の廃車 40選(中編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2026.03.22 11:25

シボレーインパラ(1971年)

このV8エンジン搭載の1971年式シボレー・インパラ4ドア・セダンが今日まで残っているのは、地理的な条件によるところが大きいだろう。コロラド州ラマーの年間降水量はわずか15.9インチ(約400mm)で、全米平均の約38インチ(約965mm)、ニューヨーク市の約49インチ(約1245mm)と比べて極めて少ない。もっと湿潤な気候なら、このシボレーは数十年前に腐食していただろう。塗装は剥がれているが、車体構造は驚くほど無傷だ。

シボレー・インパラ(1971年)
シボレー・インパラ(1971年)

ダットサン510

ダットサン510は、米国人の日本メーカーに対する見方を変えたクルマの1つだ。1968年に米国で発売されたこのクルマは、シャープな欧州風スタイリングに後輪駆動と独立懸架式リアサスペンションを組み合わせ、多くの米国産コンパクトカーを凌ぐハンドリング性能を実現した。手頃な価格、高い信頼性、そしてこのクラスとしては驚くほど精巧な造りが特徴だった。こうしたクルマこそが、日本ブランドを米国市場における有力な存在として確立する一助となったのだ。

ダットサン510
ダットサン510

ダッジ・オムニ

この茶色のダッジ・オムニほど「クラシックカー」と呼ぶに値しないクルマも少ないだろう。欧州のクライスラー/タルボット・ホライゾンを米国向けにアレンジしたモデルで、1978年にクライスラーが前輪駆動コンパクトカー市場に参入した際の先駆けとなった。実用的で経済的、そして大量生産されたこのクルマは、憧れの対象というより日常の足だった。シートはすでに別の車両に移されている。どこかで誰かがオムニをまだ評価している証拠だ。残りの部分は、おそらく長い間引き取りを待つことになるだろう。

ダッジ・オムニ
ダッジ・オムニ

フォードフィエスタ

コロラド州の廃車置き場に1970年代のフィエスタがあること自体が珍しいのに、同じ黄色のフィエスタが2台並んでいるのは、ほとんど奇跡的だ。1978年から1980年まで米国で販売された初代フィエスタは、欧州で生産されたものの、米国主導によるグローバル・コンパクトカー計画の下で開発され、発売時には「驚きのクルマ(ワンダーカー)」と称された。軽量でシンプル、そして真に経済的なクルマだった。

フォード・フィエスタ
フォード・フィエスタ

ポンティアック・ルマン(1966年)

この1966年式ポンティアック・ルマン・コンバーチブルは、同年に生産された1万5763台のうちの1台だ。ボンネットの下には、当時としては先進的なベルト駆動カムシャフトを備えたポンティアックの230立方インチOHC直列6気筒エンジンが搭載されていた。これは、ほとんどの購入者が選んだV8エンジンとはまったく異なる性格のエンジンだった。結果として、現存するOHC直列6気筒車は非常に希少である。

ポンティアック・ルマン(1966年)
ポンティアック・ルマン(1966年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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