小柄なフィアットからタフなランドローバーまで 米国の廃車置き場で見つけた欧州車 62選(2)【ジャンクヤード探訪記】

公開 : 2026.05.24 11:25

オースチン・カンブリアン

とても希少だが、人気は低い英国からの輸入車。オースチンA55ケンブリッジだが、プリムスがすでに『ケンブリッジ』の名称を使用していたため、米国では『カンブリアン』として販売された。この個体は火災による損傷があるだけでなく、リアドアに見られるように銃撃を受けた跡もある。実際、この状態から部品取りで売り上げを得られることはまずないだろう。

英国では、オースチン・ケンブリッジと、MG、モーリス、ライリー、ウーズレーのバッジエンジニアリング車は、1970年代から1980年代にかけて「バンガー・レーサー」(欧州版デモリション・ダービー)の定番車種だった。オーバルトラック上で、何万台もの車両が破壊された。こちらもアイダホ州のジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブの車両だ。

オースチン・カンブリアン
オースチン・カンブリアン

ランドローバー・ディスカバリー

ボンネット、ルーフ、サイドの擦り傷から判断すると、この歪んだランドローバー・ディスカバリーは明らかに横転したようだ。一体どうやって、ルーフバーは外れずに済んだのだろうか?

この個体は改良後のディスカバリー・シリーズ2で、大型のヘッドランプで容易に識別できる。2002年から2004年の間に生産されたもので、このヤードで見かけたクルマの中では間違いなく最も新しいものだ。アイダホ州のジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブで見つけた車両だ。

ランドローバー・ディスカバリー
ランドローバー・ディスカバリー

オペル・マンタ

1970年代、フォードとゼネラルモーターズの両社は、欧州子会社が生産したクルマを輸入していた。フォードがマーキュリーの販売店を通じてカプリを販売していた一方で、ゼネラルモーターズはこのようなドイツ製の初代オペル・マンタを輸入し、ビュイックの販売店を通じて販売していた。

当初は売れ行きが良かったものの、為替レートの変動とそれに伴う目もくらむような価格高騰により、1970年代半ばには販売が打ち切られた。その代わりにGMは日本で生産されたいすゞ車の輸入を開始し、米国でのオペルの販売を打ち切った。初期のマンタは欧州で絶大な人気を誇っているため、もっと多くの車両が欧州に帰らないのが不思議だ。この個体は、アリゾナ州サッチャーのバレー・オート・レッキング(Valley Auto Wrecking)で見つけた。

オペル・マンタ
オペル・マンタ

ユーゴ(1988年)

ユーゴは欧州でも珍しいが、米国ではさらに希少だ。旧ユーゴスラビアのザスタバ・モーターズが生産したこのクルマは、信じられないことに1985年から1992年の間に米国で14万台も販売された。しかし、信頼性は極めて低く、1990年代末までにはその大部分がスクラップにされていた。

なぜ修復したいと思う人がいるのかはよくわからないが、もしその気があるなら、アリゾナ州のデザート・バレー・オート・パーツでは2台の中から選べる。ちなみに、この1988年式の個体は取材時点で1200ドル(約19万円)で販売されていた。

ユーゴ(1988年)
ユーゴ(1988年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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