超ディープな自動車博物館 シュタイア・プフ 深い歴史を学べる展示車両 19選
公開 : 2025.09.13 11:45
知る人ぞ知るオーストリアのシュタイア・プフ。高性能な四輪駆動システムの開発や受託製造で実績のある会社ですが、その歴史が語られることはあまりありません。今回はプフの魅力が詰まった博物館を紹介します。
もくじ
ーマニア垂涎 魅力たっぷりのプフ
ーヨハン・プフ博物館(Johann Puch Museum)とは?
ーシュタイア・タイプ50(1936年)
ーシュタイア・プフ500(1957年)
ーシュタイア・プフ500(1957年) - 続き
ーシュタイア・プフ・ハフリンガー(1959年)
ープフ・ロードスターSプロトタイプ(1959年)
ーシュタイア・プフ650 TR(1964年)
ープフ230Gプロトタイプ(1978年)
ーフォルクスワーゲンT3シンクロ(1984年)
ー水素燃料電池のフォルクスワーゲン・ゴルフ(1980年代)
ープフ・パンダ4x4プロトタイプ(1991年)
ープフ・パンダ4x4プロトタイプ(1991年)
ートレーザー・カブリオ(1991年)
ーアルファ・ロメオ164 Q4(1994年)
ークライスラー・ボイジャー(1995年)
ーポンティアック・アズテック(2000年)
ーリンカーン・ブラックウッド(2001年)
ーBMWハイドロジェン7(2005年)
ークライスラー300ツーリング(2005年)
ーサーブ9-3コンバーチブル四輪駆動プロトタイプ(2009年)
マニア垂涎 魅力たっぷりのプフ
長きにわたり、オーストリアの自動車産業は、シュタイア・プフ(Steyr-Puch)という1社の自動車メーカーに支えられてきた。
現在マグナ・シュタイア(Magna-Steyr)と呼ばれる同社は、合併、買収、分社化といった出来事が複雑に絡み合った歴史を持つ。そのルーツは、1864年にオーストリアのシュタイアで設立されたライフル工場と製材所に遡る。やがて1894年に自転車製造を開始し、1918年に初の自動車を製造した。

1926年にシュタイア・ヴェルケ(Steyr-Werke)へ改称し、1934年にはアウストロ・ダイムラー・プフヴェルケ(Austro-Daimler-Puchwerke)と合併してシュタイア・ダイムラー・プフ(Steyr-Daimler-Puch)となった。
シュタイア・ダイムラー・プフは一大産業帝国へと成長し、武器、自転車、原付、トラック、トラクター、バス、自動車部品、そしてもちろん自動車など、目もくらむほど多様な製品を設計・製造するようになった。1980年代後半から1990年代初頭にかけて、同社はこれらの事業の大半を売却。2001年にはカナダのマグナと合併し、他社の自動車を受注生産する受託製造の世界的リーダーとなった。
その歴史はあまり多く語られない。今日、マグナ・シュタイア・プフでよく知られているのは、数十年にわたりメルセデス・ベンツGクラスを生産してきたということだ。知名度の高い重要なクルマだが、これは氷山の一角に過ぎない。残りの部分は公式博物館(現在の名称はヨハン・プフ博物館)に収蔵されているのだが、どれも非常に興味深い車両ばかりだ。その一部を抜粋して紹介しよう。
ヨハン・プフ博物館(Johann Puch Museum)とは?
博物館は奇妙な静寂に包まれている。多くのクルマは埃をかぶり、タイヤがパンクしていたり、エアサスペンションのエアが抜けていたりする。乾いたガスケットから漏れたオイルは砂利にゆっくりと吸収され、ありきたりなガーデンロープが訪問者をクルマから遠ざけている。ヨハン・プフ博物館を歩くと、まるでクルマの宝物が詰まった廃倉庫に侵入しているような気分になる。
展示車両にはいくつかの共通テーマがある。数十年にわたり、シュタイア・プフはフィアットやメルセデス・ベンツと定期的に協力してきた。また、多くの自動車メーカーの四輪駆動システム開発を支援した実績もある。そのプロジェクトのほとんどが、この博物館に展示されている。























