超ディープな自動車博物館 シュタイア・プフ 深い歴史を学べる展示車両 19選
公開 : 2025.09.13 11:45
フォルクスワーゲンT3シンクロ(1984年)
1970年代、少数の勇敢なエンジニアたちが密かにフォルクスワーゲンT2の四輪駆動版を開発し、サハラ砂漠で非公開のテストを行った。当時のCEOであるトニ・シュミュッカーはプロトタイプのオフロード性能に感銘を受けたが、生産のゴーサインは出さなかった。はるかに近代的なT3の生産開始が間近であることを知っていたため、旧式設計のモデルに資金を投じることは断固として拒否したのだ。
ただ、フォルクスワーゲンの経営陣は、このプロトタイプの性能を高く評価したようだ。彼らはシュタイア・プフに連絡を取り、T3向けに『シンクロ』と名付けられた四輪駆動システムの開発を依頼した。このシステムは通常走行時にはエンジンの全出力を後輪に伝達するが、後輪のスリップを検知するとトルクをビスカスカップリング式フロントデフに分配する。トラクションを損なわずに燃料を節約する方策だった。

フォルクスワーゲンは1979年から1990年までドイツのハノーバーでT3を生産していた。シュタイア・プフは1984年に同車の生産を開始し、フロントエンジン方式のT4が登場した2年後の1992年まで続けた。特に人気を集めたリミテッド・ラスト・エディション仕様車はグラーツで作られた。
水素燃料電池のフォルクスワーゲン・ゴルフ(1980年代)
プフは、世界各国が環境規制によりクルマのクリーン化を義務付けるよりずっと前から、代替パワートレインの実験を始めていた。1980年代には水素燃料電池を開発し、2代目フォルクスワーゲン・ゴルフの車体後部に搭載した。
ドライブトレインを構成する部品は巨大で、ゴルフは2人乗りとなり、重量も大幅に増加した。技術自体は想定通りに機能したが、量産化に至るには明らかに未熟だった。

プフ・パンダ4×4プロトタイプ(1991年)
フィアット・パンダ4×4の四輪駆動システムはプフによる開発だ。フィアット側はパンダ4×4の販売に満足していたが、プフ側は「どこでも行けるシティカー」にもっと大きな可能性を見出していた。そこで、シトロエン・メアリ、ミニ・モーク、ルノー・ロデオといったモデルの代替えとなるような、オープンタイプのビーチクルーザーへの改造を模索した。
このプロトタイプは、機械的にはフィアット・パンダ4×4と同一だった。最高出力55psの1.1L直列4気筒エンジンを搭載しており、もし発売されていればある程度は売れたかもしれないが、試作段階を越えることはなかった。























