伝説の自動車デザイナー、ガンディーニが手掛けた名作 50選(後編) 不運のスーパーカーからホットハッチまで

公開 : 2026.06.21 11:45

ランボルギーニディアブロ(1990年)

カウンタックの地位を引き継いだディアブロは、見た目は少し凶暴さが和らいだかもしれないが、依然として怪物だった。初期の5.7Lモデルは485psを誇るが、2001年の生産終了時には6.0Lに拡大し、最高出力は575psに達した。

ランボルギーニ・ディアブロ(1990年)
ランボルギーニ・ディアブロ(1990年)

デ・トマソ・パンテーラSi(1991年)

デ・トマソ・パンテーラの初登場から20年、ガンディーニ氏による改良版が発表された。『Si』と名付けられたこのモデルは、オリジナル車の構造、ドア、フロントガラスを維持しつつ、それ以外の部分は現代的な仕様に改良されていた。

柔らかなラインでありながらも重厚な佇まいで、圧巻の美しさを放つ。しかし、生産台数はわずか44台にとどまり、そのうち4台はコーチビルダーのパヴェージによってタルガトップ仕様に改造された。

デ・トマソ・パンテーラSi(1991年)
デ・トマソ・パンテーラSi(1991年)

ブガッティ035(1991年)

1980年代後半、ロマーノ・アルティオーリ氏によってブガッティが復活した際、彼は4人のデザイナーに対し、構想中のスーパーカーのために特別なデザインを考案するよう依頼した。

パオロ・マルティン氏、ジョルジェット・ジウジアーロ氏、ヌッチオ・ベルトーネ氏、マルチェロ・ガンディーニ氏が起用され、最終的に選ばれたのはガンディーニ氏のデザインだった。角張ったドラマチックな造形で、完成までに4台のプロトタイプが製作され、わたし達の知るEB110へと発展した。しかし、プロトタイプ(写真)はガンディーニ氏の手によるものだが、量産車はジャンパオロ・ベネディーニ氏がデザインした。

ブガッティ035(1991年)
ブガッティ035(1991年)

日産AP-X(1993年)

AP-Xは非常に未来的な外観のコンセプトカーだが、日産の要望次第ではすぐに量産化へ移行できるよう構想されていた。

フロントに3.0L V6エンジンを搭載し、CVTを介して後輪を駆動するレイアウトで、S-13型シルビア(200SX、240SX)、そしてZ32型フェアレディZ(300ZX)の後継車となる可能性を秘めていた。ハッチバックの実用性と、意外にも保守的なインテリアを備えたAP-Xは、日産のラインナップに素晴らしい一石を投じる存在になり得たが、残念ながら実現することはなかった。

日産AP-X(1993年)
日産AP-X(1993年)

マセラティクアトロポルテIV(1994年)

ガンディーニ氏によるクアトロポルテIIの提案は実を結ばなかったが、4代目モデルのデザインは成功を収めた。従来のクアトロポルテがメルセデス・・ベンツSクラスに倣った高級セダンとして位置づけられていたのに対し、クアトロポルテIV(QP IV)は、スポーツセダン市場の大部分を独占するBMW M5に対抗することを意図していた。

ギブリIIのプラットフォームを延長したQP IVは、最高出力290psの2.8L V6ツインターボエンジンを搭載し、後に最高出力340psの3.2L V8エンジンも追加された。

マセラティ・クアトロポルテIV(1994年)
マセラティ・クアトロポルテIV(1994年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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