フォルクスワーゲン・バスは各地に何千台も? 米国の廃車置き場で見つけた欧州車 62選(3)【ジャンクヤード探訪記】
公開 : 2026.05.24 11:45
フィアット(1972年)
初期のフィアット850スパイダーは843ccエンジンを搭載し、0-97km/h加速は18.2秒と、当時市場に出回っていたスポーツカーの中でも最も遅い部類に入る。1970年、903ccエンジンが導入されると、車名は『スポルトスパイダー』に変更された。これにより0-97km/h加速タイムは2.5秒短縮され、最高速度は138km/hから146km/hに向上した。
しかし、性能面で不足していた分は、そのルックスで十二分に補っていた。デザート・バレー・オート・パーツには、ほぼ同一の1972年式スポルトスパイダーが2台あった。

ジャガーXJ40(1988年)
1986年から1994年にかけて生産されたジャガー XJ40は、デザイン面において、革新というよりはむしろ進化的なものだった。これはジャガーが、従来の顧客層への販売に悪影響を及ぼすリスクを冒したくないという意図的な判断によるものだった。しかし、シリーズ3に比べて空力性能は大幅に向上しており、燃費もわずかに改善されている。
初期モデルは製造品質の問題に悩まされたものの、販売は好調で、累計20万8733台を売り上げた。この1988年式のように、米国向けモデルには3.6Lエンジンが搭載されており、1990年になると4.0Lエンジンが登場した。この1台は取材時、デザート・バレー・オート・パーツでレストア用のプロジェクトカーとして販売されていた。

フォード・コンサル
この英国製フォード・コンサルのフロントガラスには1959年と記されているが、この初代モデルは1951年から1956年までしか生産されていない。総生産台数は22万7732台で、その相当数が米国へ輸出された。米国基準では燃費が良かったが、1.5Lエンジンの欠点は、0-97km/hに達するまでに28秒かかったことだ。この個体もデザート・バレー・オートパーツにある。

トライアンフ・ヘラルド(1962年)
この1962年式トライアンフ・ヘラルドのコンバーチブルには、まだ良質なパーツが数多く残っている。
1959年から1971年に英国で生産されたヘラルドは、イタリア人デザイナーのジョヴァンニ・ミケロッティ氏によってデザインされたモデルだ。その角ばった外観は万人受けするものではなかったが、国内市場ではそこそこ売れた。米国では約2万4000台が販売され、その大半がコンバーチブルだった。この車両もデザート・バレー・オート・パーツにある。






































