強烈なインパクトを残した3輪車 52選(後編) 今もマニアの心を掴んで離さない独特の世界観

公開 : 2025.10.25 11:45

ギア・コックピット(1981年)

1981年のジュネーブ・モーターショーで公開されたコックピットは、未来の都市コミューターを体現するものだった。大人2人がタンデム式に搭乗でき、後部には12psの200cc単気筒エンジンを搭載し、優れた燃費性能を発揮した。しかし残念ながら、ショーカーとして1台が製作されたのみである。

ギア・コックピット(1981年)
ギア・コックピット(1981年)

リライアント・リアルト(1981年)

1980年代初頭、ロビンの旧式化が著しくなってきた。そこでリライアントはデザインコンサルタント会社のIADに難しい依頼を突き付けた。スタイリッシュな3輪車を考案せよ、というものだ。結果的には、IADはなんとか依頼をこなし、当時としては洗練されたデザインに仕上げたと言えるだろう。

リライアント・リアルト(1981年)
リライアント・リアルト(1981年)

ロマックス223(1983年)

ナイジェル・ウォールという人物が廃車同然のシトロエン2CVからロマックスを製作した時、まさか3500台以上を売り上げる大人気キットカーになるとは、おそらく想像もしていなかっただろう。2CVのフロアパンにドアやルーフのないグラスファイバー製ボディシェルを組み合わせたもので、車重はわずか400kg。最高出力31psの602cc水平対向2気筒エンジンにより十分なパフォーマンスを発揮した。

ロマックス223(1983年)
ロマックス223(1983年)

シンクレアC5(1984年)

1983年8月に英国で導入された新規制により、4輪未満、重量60kg未満、出力250W以下のモーターを搭載した乗り物は、最高速度24km/h以下で公道走行が認められた。免許、保険、ヘルメット、車検は不要で、14歳以上なら誰でも運転できた。

サー・クライヴ・シンクレア(1940-2021)はこれをチャンスと捉え、C5を開発したが、実用性に欠けるうえに高価すぎた。テレビニュースで取り上げられるなど注目を集めたにもかかわらず、販売は惨憺たる結果に終わり、会社は1985年に倒産した。

シンクレアC5(1984年)
シンクレアC5(1984年)

レプリカー・カーソル(1985年)

アラン・ハッツウェルは1981年、英国でブガッティフェラーリジャガーを模したキットカー製造のためレプリカー社を設立した。そして彼が考案したのがカーソルだ。スズキ製49ccエンジンを搭載した単座3輪車である。最高速度は48km/hで、英国では16歳から合法的に運転できた。1985年から1987年にかけて約100台が生産され、後期モデルには2人乗り仕様も存在した。

レプリカー・カーソル(1985年)
レプリカー・カーソル(1985年)

フォルクスワーゲン・スクーター(1986年)

都市コミューターに新風を吹き込んだ1台。1043ccのポロ用エンジンを搭載し、最高速度は200km/hに達する。ガルウィングドアは取り外し可能で、一種のコンバーチブルに変化させることができた。

フォルクスワーゲン・スクーター(1986年)
フォルクスワーゲン・スクーター(1986年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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