メルセデス・ベンツGクラスからポルシェ356、トヨタ・スープラまで 意外と知られていないオーストリア生まれの名車 30選(後編)

公開 : 2026.03.01 11:45

プフ500

プフは第二次大戦後、フィアット車のライセンス生産によりオーストリアでの活動を再開した。しかし、500は少し毛色が異なる。フィアット500のボディを使用しているが、イタリア製の並列ツインエンジンを避け、プフ独自の水平対向ツインエンジンを採用したのだ。

空冷エンジンは当初16psだったが、高速仕様の660cc版は最大40psを発生し、ヒルクライムやサーキットで高い競争力を示した。プフ500は1957年から1969年で約5万4000台が生産された。

プフ500
プフ500

サーブ9-3コンバーチブル

サーブ9-3コンバーチブルは当初、フィンランドのヴァルメト社のウーシカウプンキ工場で生産されていた。2003年に2代目モデルに切り替わると、生産はオーストリアのマグナ・シュタイアに移った。9-3コンバーチブルは、サーブとして初めてスカンジナビア以外で生産されたモデルだ。

マグナ・シュタイアは9-3コンバーチブルの生産だけでなく、その設計にも携わった。グラーツ工場からは9万9535台のコンバーチブルが生産された。

サーブ9-3コンバーチブル
サーブ9-3コンバーチブル

シュタイア50

シュタイアは今日では他社向けの自動車生産で知られるが、第二次世界大戦前の1936年から1940年にかけて、自社開発の50というモデルを生産していた。50はフォルクスワーゲンビートルと同様のコンパクトカーであり、水平対向4気筒エンジンを採用している。ただし、エンジンはフロントマウントで水冷式だ。

1938年にはより強力な55モデルが追加された。こちらはホイールベースを延長し、後部座席のスペースを改善したものだ。両モデル合わせて約1万3000台が生産された。

シュタイア50
シュタイア50

シュタイア・プフ120

シュタイア・プフの120、およびそこから発展した125と220は、1935年に発売されたスタイリッシュなコンパクトセダンである。120は、従来の100で使用されていた小排気量の4気筒エンジンではなく、2.0L 6気筒エンジンを搭載して登場した。1936年にはエンジンをわずかに大型化し、最高出力50psを実現した125スーパーに置き換えられたが、このモデルはわずか200台しか生産されなかった。1937年には2.3Lエンジンで55psを発生する220が登場した。

220はシュタイア車の中で圧倒的に人気が高く、1942年までに5900台を売り上げた。これに対し、120は1935年から1936年の間に1200台しか売れていない。

シュタイア・プフ120
シュタイア・プフ120

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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